text:yomeiuji:uji005
差分
このページの2つのバージョン間の差分を表示します。
次のリビジョン | 前のリビジョン | ||
text:yomeiuji:uji005 [2014/04/07 17:30] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:yomeiuji:uji005 [2017/12/20 23:46] (現在) – [第5話(巻1・第5話)随求陀羅尼、額に篭むる法師の事] Satoshi Nakagawa | ||
---|---|---|---|
行 1: | 行 1: | ||
+ | 宇治拾遺物語 | ||
====== 第5話(巻1・第5話)随求陀羅尼、額に篭むる法師の事 ====== | ====== 第5話(巻1・第5話)随求陀羅尼、額に篭むる法師の事 ====== | ||
**随求タラニ篭額法師事** | **随求タラニ篭額法師事** | ||
+ | |||
**随求ダラニ額に篭むる法師の事** | **随求ダラニ額に篭むる法師の事** | ||
- | これもいまはむかし、人のもとにゆゆしく、ことごとしく負斧、ほら貝腰につけ、錫杖つきなどしたる山臥の、ことごとしげなる入来て侍の立蔀の内の小庭に立つけるを、侍「あれはいかなる御房ぞ」と、問ければ「これは日比白山に侍りつるが、みたけへまいりて、今二千日候はんと仕まつるが、時れうつきて侍り。まかりあづからん」と、申。「あげ給へ」と、いひてたてり。 | + | ===== 校訂本文 ===== |
+ | |||
+ | これも今は昔、人のもとに、ゆゆしく、ことごとしく、負斧(おひをの)・法螺貝、腰に付け、錫杖突きなどしたる山臥の、ことごとしげなる入り来て、侍(さぶらひ)の立蔀(たてじとみ)の内の小庭に立ちけるを、侍、「あれはいかなる御房ぞ」と問ひければ、「『これは、日ごろ白山に侍りつるが、御嶽((金峰山))へ参りて、今二千日候はんとつかまつるが、時料尽きて侍り。まかりあづからん』と申し上げ給へ」と言ひて立てり。 | ||
+ | |||
+ | 見れば、額・眉の間のほどに、髪際(かうぎは)によりて、二寸ばかり疵(きず)あり。いまだ生癒(なまい)えにて赤みたり。侍、問ひて言ふやう、「その額の疵は、いかなることぞ」と問ふ。山臥、いと貴(たふ)と貴としく、声をなして言ふやう「これは随求陀羅尼をこめたるぞ」と答ふ。 | ||
+ | |||
+ | 侍の者ども、「ゆゆしきことにこそ侍れ。足・手の指など切りたるは、あまた見ゆれども、額破りて、陀羅尼こめたるこそ、見ゆるとも思えね」と言ひ合ひたるほどに、十七・八ばかりなる((「ばかりなる」は、底本「はいかなる」。諸本により訂正。))小侍の、ふと走り出でて、うち笑みて、「あなかたはらいたの法師や。なんでう随求陀羅尼をこめむずるぞ。あれは、七条町に江冠者が家のおほ東(ひんがし)にある、鋳物師(いもじ)が妻を、密(みそ)か密かに、入り臥し入り臥しせしほどに、去年の夏、入り臥したりけるに、男の鋳物師、帰り合ひたりければ、取る物も取りあへず、逃げて西へ走ろしが、冠者が家の前ほどにて、追ひつめられて、さひづゑして額を打ち破られたりしぞかし。冠者も見しは」と言ふを、「あさまし」と人ども聞きて、山伏が顔をみれば、少しもことと思ひたる気色もせず、少しまのししたるやうにて、「そのついでにこめたるぞ」と、つれなう言ひたる時に、集まれる人ども、一度に、「は」と笑ひたるまぎれに、逃げて去(い)にけり。 | ||
+ | |||
+ | ===== 翻刻 ===== | ||
+ | |||
+ | これもいまはむかし人のもとにゆゆしくことことしく負斧ほら | ||
+ | 貝腰につけ錫杖つきなとしたる山臥のことことしけなる入来て | ||
+ | 侍の立蔀の内の小庭に立けるを侍あれはいかなる御房そと | ||
+ | 問けれはこれは日比白山に侍りつるかみたけへまいりて今二千日候はんと/9ウy22 | ||
+ | |||
+ | 仕まつるか時れうつきて侍りまかりあつからんと申あけ給へと | ||
+ | いひてたてりみれは額まゆの間の程にかうきはによりて二寸 | ||
+ | はかり疵ありいまたなまいゑにてあかみたり侍問ひて云様その額 | ||
+ | の疵はいかなる事そととふ山臥いとたうとたうとしくこゑをなして云 | ||
+ | やうこれは随求陀羅尼をこめたるそとこたふ侍のものともゆゆ | ||
+ | しき事にこそ侍れ足手の指なと切たるはあまたみゆれ共 | ||
+ | 額破て陀羅尼こめたるこそみゆるともおほえねといひあひたる | ||
+ | 程に十七八はいかなる小侍のふとはしりいててうちえみてあなかた | ||
+ | はらいたの法しやなんてう随求陀羅尼をこめむするそあれは | ||
+ | 七条町に江冠者か家のおほひんかしにあるいもしか妻をみそかみそかに | ||
+ | 入ふしいりふしせし程に去年の夏いりふしたりけるに男のいもし帰りあひたり | ||
+ | けれはとる物もとりあへす逃て西へ走しか冠者か家の前程にて | ||
+ | 追つめられてさいつへして額をうちわられたりしそかし冠者も/10オy23 | ||
- | みれば額まゆの間の程に、かうぎはによりて、二寸ばかり疵あり。いまだなまいゑにてあかみたり。侍問ひて云様「その額の疵はいかなる事ぞ」と、とふ。山臥いとたうとたうとしくこゑをなして云やう「これは随求陀羅尼をこめたるぞ」と、こたふ。 | + | |
+ | ことと思たる気色もせすすこしまのししたるやうにてその | ||
+ | 次にこめたるそとつれなういひたる時にあつまれる人とも | ||
+ | 一度にはとわらひたるまきれに逃ていにけり/10ウy24 | ||
- | 侍のものども「ゆゆしき事にこそ侍れ。足手の指など切たるはあまたみゆれ共額破て陀羅尼こめたるこそ、みゆるともおぼえね」と、いひあひたる程に、十七八はいかなる小侍の、ふとはしりいでてうちえみて「あなかたはらいたの法しや。なんでう随求陀羅尼をこめむずるぞ。あれは七条町に江冠者が家のおほひんがしにある、いもじが妻を、みそかみそかにいりふしいりふしせし程に、去年の夏、いりふしたりけるに、男のいもじ帰りあひたりければ、とる物もとりあへず、逃て西へ走しが、冠者が家の前程にて追つめられて、さいづへして額をうちわられたりしぞかし。冠者もみしは」と、いふを「あさまし」と、ひとどもききて山伏が顔をみれば《少》もことと思たる気色もせず、すこしまのししたるやうにて「その次にこめたるぞ」と、つれなういひたる時に、あつまれる人ども一度にはとわらひたるまぎれに逃ていにけり。 |
text/yomeiuji/uji005.txt · 最終更新: 2017/12/20 23:46 by Satoshi Nakagawa