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text:senjusho:m_senjusho04-07

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text:senjusho:m_senjusho04-07 [2016/06/11 15:02] – 作成 Satoshi Nakagawatext:senjusho:m_senjusho04-07 [2016/06/11 15:02] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
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 いにしへ、淡路国にしばらく徘徊し侍りしことありしかば、その国見歩(あり)き侍りしに、藤野の浦といふ所侍り。前は南向き、海、漫々として際(きは)もなし、後は北、山、嶮岨(けんそ)にして、今にさがしき所侍り。渚にそひて干潟をまもりて、かの所には至るに侍り。おぼろけにも、人のかよふ浦にも侍らず。 いにしへ、淡路国にしばらく徘徊し侍りしことありしかば、その国見歩(あり)き侍りしに、藤野の浦といふ所侍り。前は南向き、海、漫々として際(きは)もなし、後は北、山、嶮岨(けんそ)にして、今にさがしき所侍り。渚にそひて干潟をまもりて、かの所には至るに侍り。おぼろけにも、人のかよふ浦にも侍らず。
  
-しかあれども、藤野といふ名の、なにとなくむつまじく思えて侍りしかば、たどるたどるまかりて侍りしに、あやしくあさましき庵(いほり)の、破れて残り侍り。めづらかに思えて、見侍りしかば、庵の主は見え給はで、墨染の袈裟と硯とばかり見え侍り。かたはらなる板に、「北嶺禅閣大僧正明雲の室也」と書かれ侍り。「さては、この所に住み給ふ世のおはしけるよ」と、あはれにかしこく思えて、そぞろに涙の落ち侍りき。+しかあれども、藤野といふ名の、となくむつまじく思えて侍りしかば、たどるたどるまかりて侍りしに、あやしくあさましき庵(いほり)の、破れて残り侍り。めづらかに思えて、見侍りしかば、庵の主は見え給はで、墨染の袈裟と硯とばかり見え侍り。かたはらなる板に、「北嶺禅閣大僧正明雲の室也」と書かれ侍り。「さては、この所に住み給ふ世のおはしけるよ」と、あはれにかしこく思えて、そぞろに涙の落ち侍りき。
  
 「いまだ、この所を出で給はざりければこそ、硯・袈裟をば残し置きていまそかるらめ」と思ひ侍りしかば、その日の傾くまで侍りしに、夕べになりて、僧正、山の上よりいまそかり。山桜の花をなん手折給ひて、下り給へり。 「いまだ、この所を出で給はざりければこそ、硯・袈裟をば残し置きていまそかるらめ」と思ひ侍りしかば、その日の傾くまで侍りしに、夕べになりて、僧正、山の上よりいまそかり。山桜の花をなん手折給ひて、下り給へり。
text/senjusho/m_senjusho04-07.1465624941.txt.gz · 最終更新: 2016/06/11 15:02 by Satoshi Nakagawa