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text:kohon:kohon006 [2014/05/08 18:13] – 作成 Satoshi Nakagawatext:kohon:kohon006 [2021/10/07 02:00] (現在) Satoshi Nakagawa
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 +古本説話集
 ====== 第6話 帥宮、和泉式部に通ひ給ふ事 ====== ====== 第6話 帥宮、和泉式部に通ひ給ふ事 ======
  
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 ===== 校訂本文 ===== ===== 校訂本文 =====
 +
 +今は昔、和泉式部がもとに、帥宮(そちのみや)((敦道親王))通はせ給ひけるころ、久しく音せさせ給はざりけるに、その宮に候ふ童(わらは)の来たりけるに、御文もなし。帰り参るに、
 +
 +  待たましもかばかりこそはあらましか思ひもかけぬ今日の夕暮れ
 +
 +持て参りて、参らせたりければ、「まことに久しくなりにけり」と心苦しくて、やがておはしましけり。
 +
 +女も月をながめて、端にゐたりけり。前栽の露きらきらと置きたるに、「人は草葉の露なれや」と、のたまはするさま、優にめでたし。御扇に御文を入れて、「御使の取らで参りにければ」とて、給はす。扇を指し出だして取りつ。「今宵は帰りなん。明日物忌みといふなりつれば、なからむもあやしかるべければ」とのたまはすれば、
 +
 +  心みに雨も降らなん宿過ぎて空行く月の影や止まると
 +
 +聞こえたれば、「吾が恋や」とて、しばし上りて細やかに語らひおきて、出でさせ給ふとて、
 +
 +  あぢきなく雲居の月にさそはれて影こそ出づれ心やは行く
 +
 +有つる御文を見れば
 +
 +  我ゆゑに月を眺むと告げつればまことかと見に出でて来にけり
 +
 +「何事につけても、をかしうおはしますに、あはあはしき物に思はれ参らせたる、心憂く思ゆ」と日記に書きたり。
 +
 +始めつ方は、かやうに心ざしもなき様に見えたれど、後には上を去りたてまつらせ給ひて、ひたぶるにこの式部を妻(め)にせさせ給ひたりと見えたり。
 +
 +保昌((藤原保昌))に具して、丹後へ下りたるに、「明日狩りせむ」とて、者ども集ひたる夜さり、鹿のいたく鳴きたれば、「いで、あはれや。明日死なむずれば、いたく鳴くにこそ」と、心憂がりければ、「さおぼさば、狩とどめむ。よからむ歌を詠み給へ」と言はれて
 +
 +  ことはりやいかでか鹿の鳴かざらん今宵ばかりの命と思へば
 +
 +さて、その日の狩りはとどめてけり。
 +
 +保昌に忘られて侍りけるころ、貴船に参りて御手洗(みたらし)河に蛍の飛びけるを見て
 +
 +  もの思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づる魂(たま)かとぞ見る
 +
 +  奥山にたぎりて落つる滝つ瀬に玉散るばかり物な思ひそ
 +
 +この歌、貴船の明神の御返しなり。男声にて耳に聞こえけるとかや。
  
 ===== 翻刻 ===== ===== 翻刻 =====
  
   いまはむかし和泉式部かもとに帥宮かよは   いまはむかし和泉式部かもとに帥宮かよは
-  せ給けるころひさしくをとせさせ給はさりける+  せ給けるころひさしくをとせさせ給はさりける
   にその宮にさふらふわらはのきたりけるに   にその宮にさふらふわらはのきたりけるに
   御文もなしかへりまいるに/b37 e18   御文もなしかへりまいるに/b37 e18
行 32: 行 69:
   こまやかにかたらひをきていてさせ給とて   こまやかにかたらひをきていてさせ給とて
     あちきなく雲ゐの月にさそはれて     あちきなく雲ゐの月にさそはれて
-    かけこそいつれ心やは行+    かけこそいつれ心やは行
   有つる御のをみれは   有つる御のをみれは
-  われゆえに月をなかむとつけつれは/b39 e19+    われゆえに月をなかむとつけつれは/b39 e19
  
-  まことかとみにいててきにけり+    まことかとみにいててきにけり
   なに事につけてもをかしうおはしますに   なに事につけてもをかしうおはしますに
   あはあはしき物におもはれまいらせたるこころうく   あはあはしき物におもはれまいらせたるこころうく
行 43: 行 80:
   さりたてまつらせ給てひたふるにこの式部   さりたてまつらせ給てひたふるにこの式部
   をめにせさせ給たりとみえたりやすまさに   をめにせさせ給たりとみえたりやすまさに
-  くして単語へくたりたるにあすかりせむとて +  くして丹後へくたりたるにあすかりせむとて 
-  ものともつとひたる夜さりしかのいたくなき+  ものともつとひたる夜さりしかのいたくなき
   たれはいてあはれやあすしなむすれはいたくな/b40 e20   たれはいてあはれやあすしなむすれはいたくな/b40 e20
  
行 60: 行 97:
     たまちるはかりものなおもひそ     たまちるはかりものなおもひそ
   この哥きふねの明神の御返し也おとこ   この哥きふねの明神の御返し也おとこ
-  こゑにてみみにきこえけるとや/b42 e21+  こゑにてみみにきこえけるとや/b42 e21
text/kohon/kohon006.1399540431.txt.gz · 最終更新: 2014/05/08 18:13 by Satoshi Nakagawa