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text:kankyo:s_kankyo022 [2015/07/17 15:00] – 作成 Satoshi Nakagawatext:kankyo:s_kankyo022 [2015/07/17 15:01] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
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 ===== 校訂本文 ===== ===== 校訂本文 =====
  
-昔、摂津(つ)の国の山の中に、あやしの草庵((底本、右に「さうあん」左に「くさのいほり」と傍書。)して尼の住むありけり。五穀を断ちて、いちひ樫の実をなん取り置きて、食ひ物には調じける。前に池を手づつげに掘りて、それに入れ置きて、あはたかしなどしけり。色も青み衰へて、善し悪しも見え分かぬほどになんありける。+昔、摂津(つ)の国の山の中に、あやしの草庵((底本、右に「さうあん」左に「くさのいほり」と傍書。))して尼の住むありけり。五穀を断ちて、いちひ樫の実をなん取り置きて、食ひ物には調じける。前に池を手づつげに掘りて、それに入れ置きて、あはたかしなどしけり。色も青み衰へて、善し悪しも見え分かぬほどになんありける。
  
 ある人、思はずに行き合ひて、「何としてか、ここには住む」と言ひければ、「我、年いと盛りなりしに、男に後れ侍りて、四十九日のわざなど果てて、その日、やがて頭剃(かしらおろ)して、この山に入りて、いまだ里に行くことなし。何となく浅からず思ひて侍りしを、はからざるに亡き者にみなして侍りしより、『世の中何にかはせん」と思ひて、かくなりて侍り。子もあまた侍り。田畠やうの物、数あまたありしかど、『これは皆夢のうちの友なれば』と、思ひ捨ててき」とぞ言ひける。心には様々(さまざま)思入れたる様(さま)に侍るを、さすがに言(こと)に出でて数々には言はぬさまにぞ見えける。 ある人、思はずに行き合ひて、「何としてか、ここには住む」と言ひければ、「我、年いと盛りなりしに、男に後れ侍りて、四十九日のわざなど果てて、その日、やがて頭剃(かしらおろ)して、この山に入りて、いまだ里に行くことなし。何となく浅からず思ひて侍りしを、はからざるに亡き者にみなして侍りしより、『世の中何にかはせん」と思ひて、かくなりて侍り。子もあまた侍り。田畠やうの物、数あまたありしかど、『これは皆夢のうちの友なれば』と、思ひ捨ててき」とぞ言ひける。心には様々(さまざま)思入れたる様(さま)に侍るを、さすがに言(こと)に出でて数々には言はぬさまにぞ見えける。
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 高きも下れるも、女となりぬる身は、心は千草に思へども、よろづえ叶はでのみぞやむめるを、思ひとりけん心のほど、げに浅からずぞ侍るべき。 高きも下れるも、女となりぬる身は、心は千草に思へども、よろづえ叶はでのみぞやむめるを、思ひとりけん心のほど、げに浅からずぞ侍るべき。
  
-まことに偕老同穴の契り((底本「偕老同穴の契」に「カイラウトウクエツノチキリ」と傍書。)、来ん世を引きかけて頼むるわざ、あらましなれども、罪深きことあまた聞こゆるぞかし。唐土(もろこし)の御門((玄宗皇帝))は、「空を行かば翼を並ぶる鳥とならん」と契り、日本(やまと)の島の女は、「野とならばは鶉(うづら)となりて鳴きおらん」とかこてり。あるは、「恋ひん涙の色ぞゆかしき」と思ひ置き、あるは、「亡き床に寝ん君ぞ悲しき」とわづらへり。まことを致してとはずは、浮びがたくや侍らむ。+まことに偕老同穴の契り((底本「偕老同穴の契」に「カイラウトウクエツノチキリ」と傍書。))、来ん世を引きかけて頼むるわざ、あらましなれども、罪深きことあまた聞こゆるぞかし。唐土(もろこし)の御門((玄宗皇帝))は、「空を行かば翼を並ぶる鳥とならん」と契り、日本(やまと)の島の女は、「野とならばは鶉(うづら)となりて鳴きおらん」とかこてり。あるは、「恋ひん涙の色ぞゆかしき」と思ひ置き、あるは、「亡き床に寝ん君ぞ悲しき」とわづらへり。まことを致してとはずは、浮びがたくや侍らむ。
  
 つらつら思ひ続くれば、生けるほどは、いかなれば、富士の高嶺(たかね)にことよせて、堪へぬ思ひを表はし、清見が関を引きかけて、袖の涙を知らするに、むなしく鳥辺野の煙(けぶり)と上り、いたづらに浅茅が原の露と消えぬるは、いたまずしもあるらん。情け深からん人、折に触れ、時に従ひて悲しみを増すこと深くぞ侍るべき。 つらつら思ひ続くれば、生けるほどは、いかなれば、富士の高嶺(たかね)にことよせて、堪へぬ思ひを表はし、清見が関を引きかけて、袖の涙を知らするに、むなしく鳥辺野の煙(けぶり)と上り、いたづらに浅茅が原の露と消えぬるは、いたまずしもあるらん。情け深からん人、折に触れ、時に従ひて悲しみを増すこと深くぞ侍るべき。
text/kankyo/s_kankyo022.1437112830.txt.gz · 最終更新: 2015/07/17 15:00 by Satoshi Nakagawa