text:kankyo:s_kankyo021
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text:kankyo:s_kankyo021 [2015/07/14 12:15] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:kankyo:s_kankyo021 [2015/07/14 23:32] – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
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===== 校訂本文 ===== | ===== 校訂本文 ===== | ||
- | | + | ((底本「く侍へし」から始まるが、これは[[s_kankyo020]]の最後。))いまだむげにいとけなく侍りしほどのことにや、唐橋近き((底本「唐橋と」。諸本により訂正。))河原に、身まかれる女を捨てたること侍りき。 |
この女は、おのが主(しう)の夫なるものに忍びに行き会ふとて、主の女、いみじく妬(そね)みて、男の外(ほか)にある間に、様々の謀りごとを構へて、いひしらず言葉も及ばぬことどもして、忍びにひき捨てさせたるなりけり。死ぬる女は年十九にぞなり侍りける。さらぬことだにもありや、世の人の心のさがなさは、行き集まりて見るもの稲麻竹葦((底本、稲麻に「タウマ」、葦に「ヰ」と傍書。隙間なく並んでいるという意味。))のごとくぞ侍りし。 | この女は、おのが主(しう)の夫なるものに忍びに行き会ふとて、主の女、いみじく妬(そね)みて、男の外(ほか)にある間に、様々の謀りごとを構へて、いひしらず言葉も及ばぬことどもして、忍びにひき捨てさせたるなりけり。死ぬる女は年十九にぞなり侍りける。さらぬことだにもありや、世の人の心のさがなさは、行き集まりて見るもの稲麻竹葦((底本、稲麻に「タウマ」、葦に「ヰ」と傍書。隙間なく並んでいるという意味。))のごとくぞ侍りし。 | ||
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高きと下れるとこそ変れども、その身のなり行く様(さま)は、ただ同じかるべし。膚(はだへ)、肉(ししむら)を包み、筋、骨をまつひて、心にくきやうに見ゆる上に、楚山((底本「ソサン」と傍注あり。))の黛(まゆずみ)色鮮やかに描き、蜀江の衣(ころも)、匂ひなつかしう焚きなしたればこそ、むつまじくも思え侍らめ。風吹き、日曝(さら)し、皮みだれ、筋解けて、清き草葉を汚(けが)し、大空をさへ臭くなすときは、誰か肩を組み言葉を交さむや。されば、龍樹菩薩は、「愛のあたの偽りを悟りぬ」と説き給ふ。天台大師は、「もし、これを見終りぬれば、欲の心すべてやみ」と釈し給へり。 | 高きと下れるとこそ変れども、その身のなり行く様(さま)は、ただ同じかるべし。膚(はだへ)、肉(ししむら)を包み、筋、骨をまつひて、心にくきやうに見ゆる上に、楚山((底本「ソサン」と傍注あり。))の黛(まゆずみ)色鮮やかに描き、蜀江の衣(ころも)、匂ひなつかしう焚きなしたればこそ、むつまじくも思え侍らめ。風吹き、日曝(さら)し、皮みだれ、筋解けて、清き草葉を汚(けが)し、大空をさへ臭くなすときは、誰か肩を組み言葉を交さむや。されば、龍樹菩薩は、「愛のあたの偽りを悟りぬ」と説き給ふ。天台大師は、「もし、これを見終りぬれば、欲の心すべてやみ」と釈し給へり。 | ||
- | また、これまでは、なほいぶせながらも、昔の名残を見るかたもあるべし。つひに白き木の枝(えだ)のやうにて、野原の塵(ちり)と朽ち果てて、ただ蓬(よもぎ)がもとに白露((底本「しらつゆ」と表記し、右に「白露」さらにその右に「ハクロ」と傍書あり。)を留め、浅茅が原に秋風を残して、いささかの名残も無くなり侍りぬるは、いま少し夢幻(ゆめまぼろし)のやうにぞ侍るべき。 | + | また、これまでは、なほいぶせながらも、昔の名残を見るかたもあるべし。つひに白き木の枝(えだ)のやうにて、野原の塵(ちり)と朽ち果てて、ただ蓬(よもぎ)がもとに白露((底本「しらつゆ」と表記し、右に「白露」さらにその右に「ハクロ」と傍書あり。))を留め、浅茅が原に秋風を残して、いささかの名残も無くなり侍りぬるは、いま少し夢幻(ゆめまぼろし)のやうにぞ侍るべき。 |
さても、うき世のならひなりければ、かかる身の有様を知らで、恨みに恨みを重ねて明かし暮す人もあるらむ。かやうにあだなる身の果てをしるべにて、「あるにもあらぬ身のゆゑに、いたづらに積りける罪こそ悔(くや)しけれ」など、思ひ続けて心を直さば、書き集むる心ざしたりぬとすべし。 | さても、うき世のならひなりければ、かかる身の有様を知らで、恨みに恨みを重ねて明かし暮す人もあるらむ。かやうにあだなる身の果てをしるべにて、「あるにもあらぬ身のゆゑに、いたづらに積りける罪こそ悔(くや)しけれ」など、思ひ続けて心を直さば、書き集むる心ざしたりぬとすべし。 |
text/kankyo/s_kankyo021.txt · 最終更新: 2015/07/14 23:33 by Satoshi Nakagawa