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text:kankyo:s_kankyo014 [2015/06/21 04:03] – 作成 Satoshi Nakagawatext:kankyo:s_kankyo014 [2015/06/21 04:16] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
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 妻(め)なりける女、「いかに」ととがむれば、「さればこそ。今日はいかに侍るやらん、物の食ひたくて、弱々しく思ゆれば来たるなり。何にても物用せよ。食はむ」と言ふ。この女、思はずに気憎(けにく)く答(いら)へて、「さらば、火吹きて焚きつけよ」と言ふ。男、火を吹きけるに、えなん吹きつけで煩ひけるを、この女、「あな憎(にく)のかたいや。不覚の者は」とて、履き物して顔を踏みたりける。この男、とばかりためらひて、やおら這ひ隠れぬ。 妻(め)なりける女、「いかに」ととがむれば、「さればこそ。今日はいかに侍るやらん、物の食ひたくて、弱々しく思ゆれば来たるなり。何にても物用せよ。食はむ」と言ふ。この女、思はずに気憎(けにく)く答(いら)へて、「さらば、火吹きて焚きつけよ」と言ふ。男、火を吹きけるに、えなん吹きつけで煩ひけるを、この女、「あな憎(にく)のかたいや。不覚の者は」とて、履き物して顔を踏みたりける。この男、とばかりためらひて、やおら這ひ隠れぬ。
  
-さて、者して、ここかしこ尋ねけれど、さらになし。人々も聞きあやしむほどに、年半(としなか)ばかり経て、隣((底本「トナリ」と傍書。)の里の者、なすべきことありて、深き山に入りたるに、この男、おのづから行き会ひぬ。「あなあさまし。いましけるは」と言へば、「そのことなり。しかじか妻の女の当り侍りしに、道心の発(おこ)りて、『物欲し』と思ひて頼みて来たるかひもなく、はけはけと当りしに、まして、したることもなくて、あの世にて鬼に面踏(つらふ)まれんことこそ、悲しくあぢきなけれ。『しかじ、早くかかるうき世の中を遁れて、後世とらむ』と思ひて、やがてなん走り出でにしなり。さて、鎌を腰に差したりしをもちて、手づから髪を切り捨てて侍る。『僧に会ひて、剃刀(かんそり)してあらばや』と思ふなり。必ず僧具し聞こえておはせ」とぞ言ひける。さて、「食ひ物は、折にふれて木草の実あるを、石などにて打ち叩きて食へば、またく飢ゑに臨むことなし。折にふれつつ、風の吹き木の葉の変りゆくを、時にて楽しみ、身に余りて思ゆるなり」とぞ言ひける。+さて、者して、ここかしこ尋ねけれど、さらになし。人々も聞きあやしむほどに、年半(としなか)ばかり経て、隣((底本「トナリ」と傍書。))の里の者、なすべきことありて、深き山に入りたるに、この男、おのづから行き会ひぬ。「あなあさまし。いましけるは」と言へば、「そのことなり。しかじか妻の女の当り侍りしに、道心の発(おこ)りて、『物欲し』と思ひて頼みて来たるかひもなく、はけはけと当りしに、まして、したることもなくて、あの世にて鬼に面踏(つらふ)まれんことこそ、悲しくあぢきなけれ。『しかじ、早くかかるうき世の中を遁れて、後世とらむ』と思ひて、やがてなん走り出でにしなり。さて、鎌を腰に差したりしをもちて、手づから髪を切り捨てて侍る。『僧に会ひて、剃刀(かんそり)してあらばや』と思ふなり。必ず僧具し聞こえておはせ」とぞ言ひける。さて、「食ひ物は、折にふれて木草の実あるを、石などにて打ち叩きて食へば、またく飢ゑに臨むことなし。折にふれつつ、風の吹き木の葉の変りゆくを、時にて楽しみ、身に余りて思ゆるなり」とぞ言ひける。
  
 さて。里に行きて、そのよしを言ひければ、人々集まりて、僧あひ具して行きぬ。頭(かしら)剃り、戒たもちなどして、麻の衣・様々(やうやう)の物・袈裟なと用意したりければ、よよと装束きて、やかて奥ざまに行き隠れぬ。様々、食ひ物など持たせて行きたりけれども、ふつに目も見入れず、人にも何くれといふことなし。 さて。里に行きて、そのよしを言ひければ、人々集まりて、僧あひ具して行きぬ。頭(かしら)剃り、戒たもちなどして、麻の衣・様々(やうやう)の物・袈裟なと用意したりければ、よよと装束きて、やかて奥ざまに行き隠れぬ。様々、食ひ物など持たせて行きたりけれども、ふつに目も見入れず、人にも何くれといふことなし。
text/kankyo/s_kankyo014.1434826980.txt.gz · 最終更新: 2015/06/21 04:03 (外部編集)