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text:k_konjaku:k_konjaku23-15 [2014/07/06 02:23] Satoshi Nakagawatext:k_konjaku:k_konjaku23-15 [2017/12/23 03:08] (現在) – [巻23第15話 陸奥前司橘則光切殺人語 第(十五)] Satoshi Nakagawa
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 +今昔物語集
 ====== 巻23第15話 陸奥前司橘則光切殺人語 第(十五) ====== ====== 巻23第15話 陸奥前司橘則光切殺人語 第(十五) ======
  
 今昔、陸奥前司橘則光と云ふ人有けり。兵の家に非ねども、心極て太くて、思量(おもひはかり)賢く、身の力などぞ極めて強かりける。見目なども吉く、世の思えなども有ければ、人に所置かれてぞ有ける。 今昔、陸奥前司橘則光と云ふ人有けり。兵の家に非ねども、心極て太くて、思量(おもひはかり)賢く、身の力などぞ極めて強かりける。見目なども吉く、世の思えなども有ければ、人に所置かれてぞ有ける。
  
-其の人未だ若かりける時、前の一条院天皇の御代に衛府の蔵人にて有けるに、内の宿所(とのゐどころ)より忍て女の許に行けるに、夜漸く深更(ふく)る程に、太刀許を提げて、歩にて小舎人童一人許を具して、御門より出て、大宮を下りに行ければ、大垣の辺に人の数(あまた)立る気色の見へけるを、則光「極て恐し」と思乍ら過る程に、八日九日許の月の西の山の葉近く成たれば、西大垣の辺は景にて人の立てるも慥にも見えぬに、大垣に方より音許して「彼(あ)の過る人、罷止まれ。君達の御ますぞ。え過ぎじ」と云ければ、則光「然ればこそ」と思へど、□□に返すべき様も無ければ、疾く歩て過るを、「然ては罷なむや」と云て、走り懸て来る者有り。+其の人未だ若かりける時、前の一条院天皇((一条天皇))の御代に衛府の蔵人にて有けるに、内の宿所(とのゐどころ)より忍て女の許に行けるに、夜漸く深更(ふく)る程に、太刀許を提げて、歩にて小舎人童一人許を具して、御門より出て、大宮を下りに行ければ、大垣の辺に人の数(あまた)立る気色の見へけるを、則光「極て恐し」と思乍ら過る程に、八日九日許の月の西の山の葉近く成たれば、西大垣の辺は景にて人の立てるも慥にも見えぬに、大垣に方より音許して「彼(あ)の過る人、罷止まれ。君達の御ますぞ。え過ぎじ」と云ければ、則光「然ればこそ」と思へど、□□に返すべき様も無ければ、疾く歩て過るを、「然ては罷なむや」と云て、走り懸て来る者有り。
  
 則光、突伏て見るに、弓景は見へず。太刀、鑭(きらきら)として見へければ、「弓に非ざりけり」と心安く思て、掻伏して逃るを、追次(おひつづ)きて走来れば、「頭打ち破ぬ」と思へて、俄に傍様に急て寄たれば、追ふ者走り早まりて、え止まり敢ずして、我が前に出来たるを過し立て、太刀を抜て打ければ、頭を中より打破つれば、低(うつぶ)しに倒れぬ。「吉く打つ」 則光、突伏て見るに、弓景は見へず。太刀、鑭(きらきら)として見へければ、「弓に非ざりけり」と心安く思て、掻伏して逃るを、追次(おひつづ)きて走来れば、「頭打ち破ぬ」と思へて、俄に傍様に急て寄たれば、追ふ者走り早まりて、え止まり敢ずして、我が前に出来たるを過し立て、太刀を抜て打ければ、頭を中より打破つれば、低(うつぶ)しに倒れぬ。「吉く打つ」
 と思ふ程に、亦「彼れは何がしたる事ぞ」と云て、走り懸て来る者有り。然れば太刀をもえ指敢へずして、脇に挟て逃るを、「けやけき奴かな」と云て、走り懸りて来る者の、初めの者よりは足疾く思へければ、「此れをばよも有つる様には為られじ」と思て、俄に忿り突居たれば、走り早まりたる者、我れに蹴躓(けつまづき)て倒たるを、違て立ち上て起し立てず、頭を打破てけり。 と思ふ程に、亦「彼れは何がしたる事ぞ」と云て、走り懸て来る者有り。然れば太刀をもえ指敢へずして、脇に挟て逃るを、「けやけき奴かな」と云て、走り懸りて来る者の、初めの者よりは足疾く思へければ、「此れをばよも有つる様には為られじ」と思て、俄に忿り突居たれば、走り早まりたる者、我れに蹴躓(けつまづき)て倒たるを、違て立ち上て起し立てず、頭を打破てけり。
  
-「今は此くなめり」と思程に、今一人有ければ、「けやけき奴かな。然てはえ罷らじ」と云て、走り懸て、疾く来ければ、「此の度は被錯(あやまたれ)なむと為る。神仏助け給へ」と、太刀を鉾の様に取成して、走り早まりたる者に俄に立向ひければ、腹を合せて走り当りぬ。彼も太刀を持て切らむとしけれども、余り近くて衣だに切られで、鉾の様に持たる太刀なれば、受けられて中より通にけるを、太刀の杷((底本異体字。木偏に覇))(つか)を返しければ、仰様(のけざま)に倒にけるを、太刀を引抜て切ければ、彼れが太刀抜たりける方の肱(かひな)を肩より打落してけり。+「今は此くなめり」と思程に、今一人有ければ、「けやけき奴かな。然てはえ罷らじ」と云て、走り懸て、疾く来ければ、「此の度は被錯(あやまたれ)なむと為る。神仏助け給へ」と、太刀を鉾の様に取成して、走り早まりたる者に俄に立向ひければ、腹を合せて走り当りぬ。彼も太刀を持て切らむとしけれども、余り近くて衣だに切られで、鉾の様に持たる太刀なれば、受けられて中より通にけるを、太刀の𣠽(つか)を返しければ、仰様(のけざま)に倒にけるを、太刀を引抜て切ければ、彼れが太刀抜たりける方の肱(かひな)を肩より打落してけり。
  
 然て、走去(はしりのき)て、「亦や人や有る」と聞けれども、音も無かりければ、走廻て、中の御門に入りて柱に掻副て立て、「小舎人童は何がしつらむ」と待たるに、童、大宮を上(のぼり)に、泣々く行(あるき)けるを、呼ければ、走り来けり。 然て、走去(はしりのき)て、「亦や人や有る」と聞けれども、音も無かりければ、走廻て、中の御門に入りて柱に掻副て立て、「小舎人童は何がしつらむ」と待たるに、童、大宮を上(のぼり)に、泣々く行(あるき)けるを、呼ければ、走り来けり。
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 其の時に、則光、「可咲(をかし)」と思へども、「此の奴の此く名乗れば、譲得て喜し」と思て、面(おも)持上(もたげ)られける。「其の前は、『此の気色や、若し騒がしからむ』と人知ず思ひ居たりけるに、我と名乗る者の出来にたれば、其れに譲てなむ止にし」と老の畢(はて)に子共に向て語けるを、語り伝へたる也。 其の時に、則光、「可咲(をかし)」と思へども、「此の奴の此く名乗れば、譲得て喜し」と思て、面(おも)持上(もたげ)られける。「其の前は、『此の気色や、若し騒がしからむ』と人知ず思ひ居たりけるに、我と名乗る者の出来にたれば、其れに譲てなむ止にし」と老の畢(はて)に子共に向て語けるを、語り伝へたる也。
  
-此の則光は□□と云ふ人の子也。只今有る駿河前司季通と云ふ人の父也となむ語り伝へたるとや。+此の則光は□□と云ふ人の子也。只今有る駿河前司季通((橘季通))と云ふ人の父也となむ語り伝へたるとや。
text/k_konjaku/k_konjaku23-15.1404580980.txt.gz · 最終更新: 2014/07/06 02:23 by Satoshi Nakagawa