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text:k_konjaku:k_konjaku11-16 [2015/05/23 21:09] – [巻11第16話 代々天皇造大安寺所々語 第十六] Satoshi Nakagawatext:k_konjaku:k_konjaku11-16 [2015/05/26 01:34] (現在) – [巻11第16話 代々天皇造大安寺所々語 第十六] Satoshi Nakagawa
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 ====== 巻11第16話 代々天皇造大安寺所々語 第十六 ====== ====== 巻11第16話 代々天皇造大安寺所々語 第十六 ======
  
-今昔、聖徳太子、熊凝の村に寺を造給ふ。造畢給はざる間に、太子失給ぬれば、即ち推古天皇、此の寺を造り給ふ。凡そ、推古天皇より始て、聖武天皇に至まで、九代の天皇、受け伝へつつ造給へる寺也。+今昔、聖徳太子、熊凝の村に寺を造給ふ。造畢給はざる間に、太子失給ぬれば、即ち推古天皇、此の寺を造り給ふ。凡そ、推古天皇より始て、聖武天皇に至まで、九代の天皇、受け伝へつつ造給へる寺也。
  
 欽明天皇の御代に、百済河の辺に広き地を撰て、彼の熊凝の寺を移し造給ふ。是を百済大寺と云ふ。其の寺造る間、行事官有て、傍なる神の社の木を此の寺の料に多く伐り用たりければ、神、嗔て火を放て寺を焼つ。天皇、大きに恐れ給ふと云へども、寺を営み造つ。 欽明天皇の御代に、百済河の辺に広き地を撰て、彼の熊凝の寺を移し造給ふ。是を百済大寺と云ふ。其の寺造る間、行事官有て、傍なる神の社の木を此の寺の料に多く伐り用たりければ、神、嗔て火を放て寺を焼つ。天皇、大きに恐れ給ふと云へども、寺を営み造つ。
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 中天竺、舎衛国の祇園精舎((「園」底本異体字。「薗」))は兜率天の宮を学び造れり。震旦の西明寺は祇園精舎((「園」底本異体字。「薗」))を移し造れり。本朝の大安寺は西明寺を移せる也。十四年の間に造畢て、大に法会を儲て供養し給ふ。天平七年((底本頭注「七年同書(三宝絵詞)十七年ニ作ル本文誤カ」))と云ふ年、大官大寺を改めて、大安寺と云ふ也。 中天竺、舎衛国の祇園精舎((「園」底本異体字。「薗」))は兜率天の宮を学び造れり。震旦の西明寺は祇園精舎((「園」底本異体字。「薗」))を移し造れり。本朝の大安寺は西明寺を移せる也。十四年の間に造畢て、大に法会を儲て供養し給ふ。天平七年((底本頭注「七年同書(三宝絵詞)十七年ニ作ル本文誤カ」))と云ふ年、大官大寺を改めて、大安寺と云ふ也。
  
-亦、□□□□□□□□□□□□□□□□□寺((底本頭注「亦ノ下同書(三宝絵詞)道慈律師ノ云ク此ノ八字アリ」))寺の始め焼し事は、高市の郡の子部の□□□□□□□□□□□((底本頭注「子部ノノ下同書(三宝絵詞)明神ノ社ノ木ヲキレルニヨリテ也ニ作ル」))用るに依て也。彼の神は雷神として、嗔の心火を出せる也。其の後、九代の天皇、所々に造り移し給ふに、其の費多し。然れば、神の心を喜ばしめて、寺を□今((底本頭注「寺ヲノ下闕文以下別条ノ錯乱竄入セルナラム」。この説話の内容はここで終っており、以下欠文。底本は続くが、諸注釈書は[[k_konjaku11-17]]の内容とみる。))+亦、□□□□□□□□□□□□□□□□□寺((底本頭注「亦ノ下同書(三宝絵詞)道慈律師ノ云ク此ノ八字アリ」))寺の始め焼し事は、高市の郡の子部の□□□□□□□□□□□((底本頭注「子部ノノ下同書(三宝絵詞)明神ノ社ノ木ヲキレルニヨリテ也ニ作ル」))用るに依て也。彼の神は雷神として、嗔の心火を出せる也。其の後、九代の天皇、所々に造り移し給ふに、其の費多し。然れば、神の心を喜ばしめて、寺を□今((底本頭注「寺ヲノ下闕文以下別条ノ錯乱竄入セルナラム」。この説話の内容はここで終っている。底本は続くが、諸注釈書は[[k_konjaku11-17]]の内容とみる。))
  
 天皇位に即給ひにけり。其の次にぞ、女帝持統天皇は位に即給ける。 天皇位に即給ひにけり。其の次にぞ、女帝持統天皇は位に即給ける。
text/k_konjaku/k_konjaku11-16.1432382945.txt.gz · 最終更新: 2015/05/23 21:09 by Satoshi Nakagawa