text:jojin:s_jojin2-17
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text:jojin:s_jojin2-17 [2017/03/05 12:57] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:jojin:s_jojin2-17 [2017/03/06 20:34] (現在) – [翻刻] Satoshi Nakagawa | ||
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- | 今昔物語集 | + | 成尋阿闍梨母集 |
- | ====== | + | ====== 二巻(17) 正月になりてもこの月のつごもりぞかし岩倉より仁和寺へ渡りしは・・・ |
- | 今昔、震旦に、隋の大業の代に、河南と云ふ所に有りける人の婦、其の姑を養ふに、強に姑を憎みけり。其の姑、二の目盲(しひ)たり。 | + | ===== 校訂本文 ===== |
- | 婦、強に姑を憎むに依て、蚯蚓を切て羹として、姑に食はしむ。姑、此れを食て、其の味を怪むで、密に其の臠(ししむら)を隠し置て、子の来れるに見しめて云く、「来れ、汝が妻の、我に食はしめたる物也」と。 | + | 正月になりても、「この月のつごもりぞかし、岩倉より仁和寺(にわじ)へ渡りしは」と思ひ出づるに、「三年になりにける」と、いとあはれなるにも、「おぼつかなく隔てける年かな」とぞ、 |
- | 子、此れを見て、「此れ、蚯蚓を羹にしたる」と知て、忽に其の妻と別れ、既に妻の本の家に送らむと為る程に、未だ県に行着かざる間に、俄に雷震有り。 | + | あまたたび年も暮れゆく別れにはわがみとせをや忘られぬらむ |
- | 其の時に、具せる所の妻、忽に失ぬ。夫((底本頭注「夫ノ上諸本其ノトアリ」))、此れを怪び思ふ程に、暫く有て、空より落る者(も)の有り。見れば、着たる所の衣は、妻の本着たる所の衣也。其の身、亦本の如く也。其の頭は替て、白き狗の頭と成れり。其の詞、狗に異らず。 | + | など、独りごつ。 |
- | 夫、其の故を問ふに、妻、答て云く、「我れ、姑の為に、不孝にして、蚯蚓の羹を食はしめたるに依て、忽に天神の罰(つみ)し給ふ所也」。其の事を聞き畢て、妻を家に送つ。家の人、「奇異也」と思て、其の故を問ふ。夫、其の旨を答へけり。 | + | 正月七日ぞ、治部の君((源隆俊))の文持て来たりし僧の、「筑紫へまかで、唐人の渡らむたよりに参りて、やがて御房のこなたにおはせんに来む」と言ふに、文(ふみ)書きて取らすれど、行方(ゆくへ)も知らぬ心地してぞあるに、「まだ、京にありとこそ聞け」とあり。 |
- | 其の後は、妻、市に出でて、人に物を乞て、世を過しけり。後に在所を知らず。 | + | 心も得られねば、え取りも返さでぞ、あやしくおぼつかなく思ひ侍るに、二月十四日、岩倉より、「唐より筑紫なる人のもとにおこせ給へる文」とて、「殿ばらに持て来たる」とてあるを見侍れば、去年(こぞ)の正月一日ありける。 |
- | 此れを以て思ふに、女、愚痴にして、此の如くの悪を造る事有り。現報を得る事、此の如し。「設(たと)ひ、現罰無しと云ふとも、天神、皆憎み給ふ事」と知て、悪心を止めて、善を修すべしとなむ、語り伝へたるとや。 | + | 「三月十九日、筑紫の肥前の国、松浦の郡(こほり)に、壁島といふ所を離れて、同じ二十三日、みむしう((明州か。))のふくゐ山を見る。そこに、三日の風なくてあるに、はじめて羊の多かるを見る。同じ二十九日、ゑしう((越州か。))のしらのそく((思胡の浦か。))に着く。たよりの風なくして、数の日をつめらる。四月十三日、杭州のふかく天に着く。二十九日、大都(たいと)の守、なんつい山((南屏山か。))のきようかけ寺((興教寺か))に、受け来たる八人の僧に、さいすはし重く迎へらる。日本の朝(てう)の面目(めぼく)とす。五月一日、筆ぞ((「筆ぞ」は底本「ふてそう」。「う」の衍字とみて削除))賜はりて」 |
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+ | 人々あれど、ここには文もなし。「筑紫にあり」と聞けど、見えねば、おぼつかなさは、慰むかたもなし。 | ||
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+ | ただ、「本意(ほい)かなひて、心ゆき給へらんぞ。さは、かしこにおはし着きて見給ふべき人にこそ」と、少しことわらるれど、わが身のおぼつかなさ、ただ今日か明日かを待つ命なれば、この世のことも思ゆまじ。いとど、遥かなる別れなりけむ身のほど、あはれにぞ。 | ||
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+ | 年ごろも心にかけたる西の方をうちながめつつ、入り日の折りは拝むに、ともすれば曇り、雲の隠すに、 | ||
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+ | その方(かた)と慕ふ入り日を立ち隠す世にうき雲のいとはしきかな | ||
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+ | よろづにつけて、身のみ厭はしけれど、心憂かりける命長さをぞ思ひわびては、「さはありとならば、阿闍梨(あざり)おはして、この世に見え給へかし。それこそは長命(いのち)のかひならめ」と思へど、心地の弱り行くさまは、あるべくも思え侍らず。 | ||
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+ | 尽きもせず落つる涙はからくにのとわたる船におりはへもせじ | ||
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+ | とのみ、独りごちて、目は霧つつ過ぐす。 | ||
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+ | ===== 翻刻 ===== | ||
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+ | そらめのみしつつすくす正月になりても/s60l | ||
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+ | この月のつこもりそかしいはくらより | ||
+ | にわしへわたりしはとおもひいつるに | ||
+ | 三年になりにけるといとあはれなる | ||
+ | にもおほつかなくへたてけるとし | ||
+ | かなとそ | ||
+ | あまたたひとしもくれゆくわかれには | ||
+ | 我みとせおやわすられぬらん | ||
+ | なとひとりこつ正月七日そちふの君のふみもて | ||
+ | きたりしそうのつくしへまかてたう人の | ||
+ | わたらんたよりにまいりてやかて御房のこなた | ||
+ | におはせんにこんといふにふみかきてとらす/s61r | ||
+ | |||
+ | れとゆくゑもしらぬ心地してそあるにまた京 | ||
+ | にありとこそきけとあり心もえられねは | ||
+ | えとりもかへさてそあやしくおほつかなく思ひ | ||
+ | 侍るに二月十四日いはくらよりたうよりつくし | ||
+ | なる人のもとにおこせ給へる文とてとのはら | ||
+ | にもてきたるとてあるをみ侍れはこその | ||
+ | 正月一日ありける三月十九日つくしのひせんの | ||
+ | 国まつらのこほりにかへしまといふ所をはな | ||
+ | れておなし廿三日みむしうのふくゐ山を | ||
+ | みるそこに三日の風なくてあるにはしめて | ||
+ | ひつしのおほかるを見るおなし廿九日ゑ | ||
+ | しうのしらのそくにつくたよりの風なくして/s61l | ||
+ | |||
+ | かすの日をつめらる四月十三日かうしうの | ||
+ | ふかく天につく廿九日たいとのかみなんつい | ||
+ | 山のきようかけ寺にうけきたる八人の | ||
+ | そうにさいすはしをもくんかへらる日本 | ||
+ | のてうのめほくとす五月一日ふてそう給 | ||
+ | はりて人々あれとここにはふみもなしつく | ||
+ | しにありときけとみえねはおほつかなさは | ||
+ | なくさむかたもなしたたほいかなひて | ||
+ | | ||
+ | て見給ふへきひとにこそとすこしことわら | ||
+ | るれと我身のおほつかなさたたけふかあす | ||
+ | かをまついのちなれはこのよのことんお/s62r | ||
+ | |||
+ | ほゆましいととはるかなるわかれなりけん | ||
+ | 身のほとあはれにそとしころも心にかけ | ||
+ | たるにしの方をうちなかめつついり日のおり | ||
+ | はおかむにともすれはくもりくものかくすに | ||
+ | そのかたとしたふいり日をたちかくす | ||
+ | よにうき雲のいとはしきかな | ||
+ | よろつにつけてみのみいとはしけれと心うか | ||
+ | りけるいのちなかさをそ思ひわひてはさは | ||
+ | 有とならはあさりおはしてこのよにみえ | ||
+ | 給へかしそれこそは長いのちのかひならめ | ||
+ | とおもへと心地のよはり行さまはあるへく | ||
+ | もおほえはへらす | ||
+ | つきもせすおつるなみたはからくにの | ||
+ | とわたるふねにおりはへもせし/s62l | ||
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text/jojin/s_jojin2-17.1488686235.txt.gz · 最終更新: 2017/03/05 12:57 by Satoshi Nakagawa