打聞集
昔、宇多院1)の帝王おはしける時に、利仁2)の将軍をもつて、新羅を討ちに遣はす。多くの船に、猛(たけ)き兵(いくさ)をととのへらる。
このことにより、新羅に様のさとしす。もの問ふに、異国の兵来べきよし、占ひ申す。それに驚きて、唐(もろこし)にある不空阿闍梨を請ひて、調伏法を行ず。三井寺の智証大師3)、伴僧におはしけり。
七日満つる壇の上に、血、多くこぼれたりければ、「法の験(しるし)あるべきなりけり」と言ひて、結願して、本の唐(もろこし)に帰りにけり。
さて、利仁の将軍、出で立つ間に、病して死にけり。智証大師の、唐より帰りて語るを、この国に聞きて、「利仁の将軍の死ぬは、この人の祈りの験なりけり」と知りけり。
昔宇多院ノ帝王御ケル時ニ年人(利仁)ノ将軍ヲ以テ新羅ヲ打ニ遣ス多ノ船ニ タケキ兵(イクサ)ヲトトノヘラル此事ニヨリ新羅ニ様ノサトシス物問ニ異国ノ兵来ヘキ由占申 ソレニ驚テモロコシニ有不空阿闍梨ヲ請テ調伏法ヲ行ス三井寺ノ智証大師伴僧 ニオハシケリ七日満ル壇ノ上ニ血多コホレタリケレハ法ノ験有ヘキナリケリト云テ結願シテ 本ノ唐(モロコシ)ニ帰ニケリサテ利(トシ)人ノ将軍出立間ニ病シテ死ケリ智証大師ノ唐ヨリ帰テ 語ヲ此国ニ聞テ利仁ノ将軍ノ死ハ此人ノ祈ノ験ナリケリト知ケリ/d24