古今著聞集 闘諍第二十四
天福元年、祇園の十列(とれつ)に院の左将曹秦久清、母の服にて出仕せざりけるが、忍びて車に乗りて路次(ろし)をうかがひ見けるに、大殿1)の雑色の長府生秦兼友、同じく車に乗りて見けるほどに、はからざるに久清に散々にかけられたりけるよし、うれへ申しければ、久清を召して御尋ねありければ、久清、申しけるは、「思ひがけぬ物に乗り候ひて、かかる不思議を引き出だして候ふ。いかやうにも御勘当候ふべし」と申したりければ、「思ひがけぬ物に乗りて」の申しやう、興ありて、沙汰なくなりにけり。
まことに随身の乗物に車、思ひがけぬものなり。
天福元年祇園十列に院左将曹秦久清母の 服にて出仕せさりけるかしのひて車にのりて路 次をうかかひ見けるに大殿雑色長府生秦兼 友おなしく車にのりて見ける程にはからさるに 久清に散々にかけられたりけるよしうれへ申けれは/s406r
久清をめして御尋ありけれは久清申けるはおもひ かけぬ物にのり候てかかる不思議を引出して 候いかやうにも御勘当候へしと申たりけれは思 かけぬ物にのりての申やう興ありて沙汰なく なりにけりまことに随身の乗物に車おもひかけ ぬものなり/s406l