古今著聞集 管絃歌舞第七
永保三年七月十三日、主上1)・殿下2)、南殿の巽(たつみ)の角に御座ありて、蔵人盛長3)をして、御琵琶牧馬(ぼくば)を召し寄せらる。すなはち錦の袋に入れて持て参りたりけり。御覧の後、大納言経信卿4)に弾かせられけり。
聞こし召して、「玄象といかに」と仰せられければ、大納言申されけるは、「昔、前の一条院5)の御時、信明6)・信義7)等を召して、この御琵琶どもを弾かせられけるに、信明は玄象、信義は牧馬を弾ず。牧馬すぐれて聞こゆ。その時取り替へて、玄象を弾かせらるるに、玄象すぐれたり。その時、琵琶の勝劣あらず。弾く人によりけり」と奏せられけるを聞こし召して、玄象を取出でて弾かせられけるに、まことに勝劣なかりけり。
このこと、かの卿たしかに記しおかれ侍り。
永保三年七月十三日主上殿下南殿巽角御座あり て蔵人盛長をして御比巴牧馬をめしよせらる即錦 の袋に入てもてまいりたりけり御覧ののち大納言経/s167l
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信卿に引かせられけりきこしめして玄象といかにと仰られ けれは大納言申されけるはむかし前一条院御時信明信 義等をめしてこの御比琶ともをひかせられけるに信明は玄 象信義は牧馬を弾す牧馬すくれてきこゆその時と りかへて玄象をひかせらるるに玄象すくれたり其時 比琶の勝劣あらす弾人によりけりと奏せられけるをき こしめして玄象をとりいててひかせられけるにまことに勝劣 なかりけり此事彼卿たしかに記しをかれ侍り/s168r