古今著聞集 和歌第六
土御門院1)、初めて百首を詠ませおはしまして、宮内卿家隆朝臣2)のもとへ見せにつかはされたりけるが、あまりにめでたく不思議に覚えければ、御製のよしをば言はで、何となき人の詠のやうにもてなして、定家朝臣3)のもとへ点を乞ひにやりたりければ、合点して褒美の詞(ことば)など書き付け侍るとて、懐旧の御歌を見侍りけるに、
秋の色を送り迎へて雲の上になれにし月ももの忘れすな
この歌に、はじめて御製のよしを知りて、驚き恐れて、裏書(うらがき)にさまざまの述懐の詞ども書き付けて、詠み侍りける。
飽かざりし月もさこそは思ふらめ古き涙も忘られぬ世に
まことにかの御製は、及ばぬ者の目にも、たぐひ少なくめでたくこそ覚え侍れ。管絃のよくしみぬるときは、心なき草木のなびける色までも、かれにしたがひて見え侍るなるやうに、何事も世にすぐれたることには、見知り聞き知らぬ道のことも、耳に立ち心にそむは習ひなり。
当院4)の御製も昔に恥ぢぬ御事にや。そのゆゑは、そのかみ、御傅(めのと)の大納言5)のもとにわたらせおはしましけるころ、初めて百首を詠ませおはしましたりけるを、大納言、感悦のあまりに密々に壬生二品6)のもとへ見せにつかはしたけり。
二品、御百首のはし、春のほどばかりを見て、見も果てられず、前に置きて、はらはらと泣かれけり。やや久しくありて、涙をのごひて言はれけるは、「あはれに不思議なる御ことかな。故院7)の御歌に少しも違(たが)はせ給はぬ」とて、不思議の御ことに申されけり。
その時は、いまだむげに幼くわたらせ給ひける御ことなり。まして、当時の御製、さこそめでたき御ことにて侍らめ。「かの卿、いまだ存ぜられたらましかば、いかに色をもそへてめでたがり申されまし」と、あはれに覚え侍り。
土御門院はしめて百首をよませおはしまして宮内卿家隆朝臣の もとへみせにつかはされたりけるかあまりに目出く不思議におほ えけれは御製のよしをはいはてなにとなき人の詠のやうに もてなして定家朝臣のもとへ点をこひにやりたりけれは合点 して褒美の詞なと書付侍とて懐旧の御哥をみ侍けるに 秋の色をおくりむかへて雲のうへになれにし月も物わすれすな 此哥にはしめて御製のよしをしりておとろきおそれて裏書 にさまさまの述懐の詞ともかきつけてよみ侍ける/s153r
あかさりし月もさこそは思ふらめふるき涙もわすられぬ世に 誠にかの御製はをよはぬものの目にもたくひすくなくめてたく こそ覚侍れ管絃のよくしみぬるときは心なき草木のなひ ける色まてもかれにしたかひてみえ侍なるやうに何事も世に すくれたる事にはみしりききしらぬ道のことも耳にたち 心にそむはならひ也当院の御製も昔にはちぬ御事にや其ゆへはそのかみ 御めのとの大納言のもとにわたらせおはしましける比はしめて百首 をよませおはしましたりけるを大納言感悦のあまりに密々に 壬生二品のもとへみせにつかはしたけり二品御百首のはし春の 程はかりをみて見もはてられす前にをきてはらはらとなかれけりやや ひさしくありて涙をのこひていはれけるはあはれに不思議なる/s153l
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御事哉故院の御哥にすこしもたかはせ給はぬとてふしきの御 ことに申されけり其時はいまたむけにおさなくわたらせ給け る御事也まして当時の御製さこそめてたき御ことにて侍 らめ彼卿いまた存せられたらましかはいかに色をもそへて目 出かり申されましと哀に覚侍り/s154r