古今著聞集 和歌第六
解脱上人1)のもとに、信濃といふ僧ありけり。いまいましきえせ者にてなん侍りけれども、上人、慈悲によりて置かれたりけれども、思ひあまりてや、硯(すずり)の蓋(ふた)に歌を書かれたりける、
恐しや信濃生みけむははきぎのそのはらさへにうとましきかな
この僧、この歌を見て、あからさまに立ち出づるやうにて、長く失せにけり。さすがに恥はありげにこそ。
解脱上人のもとに信濃といふ僧ありけりいまいましきゑせ ものにてなん侍けれとも上人慈悲によりてをかれたりけれとも/s151r
思あまりてや硯のふたに哥をかかれたりける おそろしや信濃うみけむははききのそのはらさへにうとましき哉 この僧此哥をみてあからさまに立いつるやうにてなかくうせ にけりさすかに恥はありけにこそ/s151l