古今著聞集 和歌第六
小野小町が若くて色を好みし時、もてなし・ありさま、たぐひなかりけり。『壮衰記1)』といふものには、「三皇五帝の妃も、漢王2)・周公3)の妻も、いまだこの奢りをなさず」と書きたり。かかれば、衣は錦繍(きんしう)のたぐひを重ね、食には海陸の珍を調へ、身には蘭麝(らんじや)を薫じ、口には和歌を詠じて、よろづの男をば、いやしくのみ思ひ下し、女御・后に心をかけたりしほどに、十七にて母を失ひ、十九にて父におくれ、二十一にて兄に別れ、二十三にて弟を先立てしかば、単孤無頼(たんこぶらい)のひとり人になりて、頼む方なかりき。
いみじかりつる栄え日ごとに衰へ、華やかなりし貌(かたち)年々(としどし)にすたれつつ、心をかけたるたぐひも疎(うと)くのみなりしかば、家は破れて月ばかりむなしく澄み、庭は荒れて蓬(よもぎ)のみいたづらにしげし。
かくまでになりにければ、文屋康秀が三河掾にて下りけるに誘はれて、
わびぬれば身をうき草の根をたえて誘ふ水あらば往なんとぞ思ふ
と詠みて、次第におちぶれゆくほどに、果てには野山にぞ4)さそらひける。人間のありさま、これにても知るべし。
小野小町かわかくて色をこのみしときもてなしありさま たくひなかりけり壮衰記といふ物には三皇五帝の妃も 漢王周公の妻もいまた此をこりをなさすとかきたりかかれは 衣は錦繍のたくひをかさね食には海陸の珍をととのへ 身には蘭麝を薫し口には和歌を詠してよろつの男を はいやしくのみ思くたし女御后に心をかけたりし程に十七にて 母をうしなひ十九にて父にをくれ廿一にて兄にわかれ廿三にて 弟をさきたてしかは単孤無頼のひとり人に成てたのむか たなかりきいみしかりつるさかへ日ことにおとろへ花やかなり し貌としとしにすたれつつ心をかけたるたくひもうと くのみなりしかは家は破て月はかりむなしくすみ庭/s135l
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はあれてよもきのみいたつらにしけしかくまてに成に けれは文屋康秀か参川掾にてくたりけるにさそはれて わひぬれは身をうきくさのねをたえてさそふ水あらはいなんとそ思 とよみて次第におちふれ行程にはてには野山にて(そ)さそ らひける人間のありさまこれにてもしるへし/s136r