古今著聞集 政道忠臣第三
匡房中納言1)は、太宰権帥になりて任に赴かれたりけるに、道理にて取りたる物をば舟一艘に積み、非道にて取りたる物をばまた一艘に積みて上(のぼ)られけるに、道理の舟は入海してけり。非道の舟、平らかに着きてければ、江帥(がうのそつ)言はれけるは、「世は早く末になりにたり。人いたく正直なるまじきなり」とぞ侍りける。それを悟らむがために、かく積みて上らせられけるにや。
昔中ごろだにかやうに侍りけり。末代よくよく用心あるべきことなり。
匡房中納言は太宰権帥になりて任におもむかれたり けるに道理にてとりたる物をは舟一艘につみ非道 にてとりたる物をは又一艘につみてのほられけるに道理の 舟は入海してけり非道の舟たひらかにつきてけれは 江帥いはれけるは世ははやくすゑになりにたり人いたく 正直なるましき也とそ侍けるそれをさとらむか為に かくつみてのほせられけるにや昔なか比たにかやうに 侍けり末代よくよく用心あるへきことなり/s76l