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text:yomeiuji:uji193 [2014/04/22 12:40] – 作成 Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji193 [2025/06/29 10:56] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
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-====== 第193話(巻15・第8話)相応和尚、都卒天に上る事(付、染殿后祈り奉る事) ======+宇治拾遺物語 
 +====== 第193話(巻15・第8話)相応和尚、都卒天に上る事(付、染殿后・・・======
  
 **相応和尚上都卒天事(付染殿后奉祈事)** **相応和尚上都卒天事(付染殿后奉祈事)**
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 **相応和尚、都卒天に上る事(付、染殿后祈り奉る事)** **相応和尚、都卒天に上る事(付、染殿后祈り奉る事)**
  
-今はむかし、叡山無動寺に相応和尚と云人おはしけり。比良山の西に、葛川の三滝といふ所にも通て行給けり。其滝にて、不動尊に申給はく、「我を負て、都卒の内、院弥勒菩薩の御許にいて行給へ」とあながちに申ければ、「極てかたき事なれども、しゐて申事なればいてゆくべし。其尻を洗へ」と仰ければ、滝の尻にて、水あみ、尻よく洗て、明王の頸に乗て、都卒天にのぼり給ふ。+===== 校訂本文 =====
  
-爰に内院の門の額に、「妙法蓮華」と書れたり。明王の給はく、「これへ参入の者は、此経を誦して入。誦せざれば、いらず」とのたまへば、はるかに見上て、相応の給はく、「我、此経読はよみ奉る。誦する事、いまだ叶はず」と。明王「さては口惜事也。其議ならば、参入叶べからず。帰て法花経を誦してのち参給へ」とて掻負給て、葛川へ帰給ければ、泣悲しみ給事限なし。さて、本尊の御前にて経を誦し給てのち、本意を遂給けりとなん。其不動尊は、いまに無動寺におはします。等身の像にてぞましましける。+[[uji192|<<PREV]] [[index.html|『宇治拾遺物語』TOP]] [[uji194|NEXT>>]]
  
-其和尚、やうに奇特効験おはしければ、染殿物気なやみ給けるを或人けるは、「慈覚大師御弟子に無動寺相応和尚と申こそいみじ行者にれ」とければ、めしつかはす+今はむし、叡山無動寺((比叡山延暦寺東塔寺。南山とも。))に相応和尚といふ人おはしけり。比良山西に葛川(かつらがは)の三滝といふ所も通ひて行ひり。その滝にて不動尊((不動明王))にし給、「われを負ひて、都卒((都率天・兜率天))内院弥勒菩薩御許に率て行き給へ」、あながちにしければはめかたきことなども、しひて申すことなれば、率て行くべし。その尻を洗へ」と仰せければ、滝の尻て、水浴み、尻よく洗ひて、明王の頸(くび)に乗りて、都率天に上り給ふ
  
-則御使つれて参りて門にたり。人々みれば長高き僧の、ごとくな信濃布を衣平足駄をきて大木槵子念珠を持り其体御前に召あぐべき物にあらず。「無下の下種法師にそ」て、「ただ、簀子辺に立ら、加持申べし」とおのおの申て、「御階の東の腋の高欄のもとにて、立ながら候」と仰下しければ、御東の腋高欄立ながら押かかりて、祈たてまる。+ここに、内院のの額、「妙法蓮華」と書かれたり。明王のたまはく「これへ参入者は経を誦して入。誦せざれば入らず」とのたまへば遥か見上げて相応たま「われ、こ経読みは読み奉る誦することいまだかなは」と明王さては口惜しきことなり。そなら参入かなふからず。帰りて法華経を誦て後、参り給へ」とて、かき負ひ給ひて、葛川帰り給ひければ、泣き悲しみ給ふことかぎりなし。さて、本尊の前にて、経を誦し給ひてち、本意を遂げ給ひけりとなん。そ不動尊は、いま無動寺におはします等身の像にしましける。
  
-殿の母屋。いとくるしげな御こゑ時々簾の外きこゆ。和尚、纔に其御声をきて、高声加持したまつる。其声、明王も現じ給ぬと、御前候人々、身の毛もよだちておぼゆ+その和尚、かやうに奇特(きどく)の効験おしければ、染殿の后((藤原明子))、物怪(もののけ)悩みひけを、ある人申「慈覚大師((円仁))の弟子、無動寺の相応和尚と申すこそいみじ行者にて侍れ」申しければ召しつかはす
  
-しばしあれば、宮、紅の衣二斗をしつつまれて、鞠のごとく簾中よころび出させ給て、和尚の前の簀子投置たまつる。人々さはぎて「い見ぐるし。内へ入たてまつりて、和尚も御前に候へ」とへど、和尚、「かかるかたい身に候へば、いかでかまかりのぼるべき」とて更のぼらず。はじめ召あげられざりしを、やすからずいきどをり思て、ただ簀子にて宮を四五尺あげて打奉る。人々、しわびて御几帳どもをさしおしてたてかくし中門をさて人をはへども、きはめて顕露り。四五度斗打奉て、投入投入祈ければ、もとごとく内へ投入つ+すなはち使れてりて、中門。人々見れば長(たけ)高き僧の、鬼のごくなが、信濃布(なのぬの)を衣に着、椙(すぎ)の平足駄を履きて、大木槵子(だいもくれんじ)念珠を持てり。「そ体、御前に召し上ぐべき者にあらず。無下の下種法師にこそ」とて、ただ簀子(すのこ)の辺立ちながら加持申すべ」と、のおの申して、「御階(みは)の高欄(かうん)のとにて立ちがら候へ」と仰せ下しければ、御階東の脇の高欄に立ちながら、押しかかりて祈り奉る
  
-後、和尚まかりで、「しばし候へ」とれども、久く立て、いたく候」とて、耳にもき入ずして出ぬ。「験徳あらたなり」とて、僧都に任べきよし、宣下せらるれども、「かやうのかた何条僧綱にべき」とて、返し奉る。+宮は寝殿の母屋に臥し給ふ。いと苦しげなる御声、時々御簾(みす)の外(ほか)に聞こゆ。和尚、わづかにその御声を聞きて、高声(かうじやう)に加持し奉る。その声、明王も現じ給ひぬと、御前に候ふ人々、身の毛よだちて覚ゆ。 
 + 
 +しばしあれば、宮、紅の御衣(おんぞ)二つばかりに押し包まれて、鞠(まり)のごとく簾中(れんちゆう)よりころび出でさせ給ひて、和尚の前の簀子に投げ置き奉る。人々騒ぎて、「いと見苦し。内へ入れ奉りて、和尚も御前に候へ」と言へども、和尚、「かかるかたゐの身にて候へば、いかでかまかり上るべき」とて、さらに上らず。始め召し上げられざりしを、やすからず憤り思ひて、ただ簀子にて、宮を四・五尺あげて打ち奉る。人々、しわびて御几帳(みきちやう)どもをさし出だしてたて隠し、中門をさして、人を払へども、きはめて顕露(けんろ)なり。四五度ばかり打ち奉て、投げ入れ投げ入れ祈りければ、もとのごとく内へ投げ入れつ。 
 + 
 +その後、和尚まかりで、「しばし候へ」ととどむれども、く立て、腰く候」とて、耳にもき入ずして出でぬ。宮は、投げ入られて後、御物怪さめて、御心地さはやかになり給ひぬ。「験徳(げんとく)あらたなり」とて、僧都に任べきよし、宣下せらるれども、「かやうのかた、なんでふ僧綱になるべき」とて、返し奉る。 
 + 
 +その後も召されども、「京は人を賤うす所なり」とて、さらに参らざりけるとぞ。 
 + 
 +[[uji192|<<PREV]] [[index.html|『宇治拾遺物語』TOP]] [[uji194|NEXT>>]] 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  今はむかし叡山無動寺に相応和尚と云人おはしけり比良山の/下104ウy462 
 + 
 +  西に葛川の三滝といふ所にも通て行給けり其滝にて 
 +  不動尊に申給はく我を負て都卒の内院弥勒菩薩の御 
 +  許にいて行給へとあなかちに申けれは極てかたき事なれともしゐて申 
 +  事なれはいてゆくへし其尻を洗へと仰けれは滝の尻にて水あみ 
 +  尻よく洗て明王の頸に乗て都卒天にのほり給ふ爰に内院 
 +  の門の額に妙法蓮花と書れたり明王の給はくこれへ参入の者は 
 +  此経を誦して入誦せされはいらすとのたまへははるかに見上て相 
 +  応の給はく我此経読はよみ奉る誦する事いまた叶はすと明 
 +  王さては口惜事也其議ならは参入叶へからす帰て法花経を 
 +  誦してのち参給へとて掻負給て葛川へ帰給けれは泣悲しみ 
 +  給事限なしさて本尊の御前にて経を誦し給てのち本 
 +  意を遂給けりとなん其不動尊はいまに無動寺におはします 
 +  等身の像にてそましましける其和尚かやうに奇特の効験/下105オy463 
 + 
 +  おはしけれは染殿の后物気になやみ給けるを或人申けるは慈覚 
 +  大師の御弟子に無動寺の相応和尚と申こそいみしき行者にて 
 +  侍れと申けれはめしにつかはす則御使につれて参りて中門にた 
 +  てり人々みれは長高き僧の鬼のことくなるか信濃布を衣に 
 +  き椙の平足駄をはきて大木槵子の念珠を持り其体御前 
 +  に召あくへき物にあらす無下の下種法師にこそとてたた簀子 
 +  の辺に立なから加持申へしとおのおの申て御階の高欄のもとにて 
 +  立なから候へと仰下しけれは御階の東の腋の高欄に立なから 
 +  押かかりて祈たてまつる宮は寝殿の母屋に伏給いとくるしけなる 
 +  御こゑ時々御簾の外にきこゆ和尚纔に其御声をききて 
 +  高声に加持したてまつる其声明王も現し給ぬと御前に候人々 
 +  身の毛よたちておほゆしはしあれは宮紅の御衣二斗にをし 
 +  つつまれて鞠のことく簾中よりころひ出させ給て和尚の前の/下105ウy464 
 + 
 +  簀子に投置たてまつる人々さはきていと見くるし内へ入たて 
 +  まつりて和尚も御前に候へといへとも和尚かかるかたいの身にて候へは 
 +  いかてかまかりのほるへきとて更のほらすはしめ召あけられさりし 
 +  をやすからすいきとをり思てたた簀子にて宮を四五尺あけて 
 +  打奉る人々しわひて御几帳ともをさし出してたてかくし中門 
 +  をさして人をはらへともきはめて顕露なり四五度斗打奉 
 +  て投入投入祈けれはもとのことく内へ投入つ其後和尚まかりいて 
 +  しはし候へと留れとも久く立て腰いたく候とて耳にもきき入 
 +  すして出ぬ宮は投入られて後御物気さめて御心ちさはやかに 
 +  なり給ぬ験徳あらたなりとて僧都に任へきよし宣下せらる 
 +  れともかやうのかたいは何条僧綱に成へきとて返し奉る其後も 
 +  召れとも京は人を賤うす所なりとて更にまいらさりけるとそ/下106オy465
  
-其後も召されども、「京は人を賤うす所なり」とて更にまいらざりけるとぞ。 
text/yomeiuji/uji193.1398138023.txt.gz · 最終更新: by Satoshi Nakagawa