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text:yomeiuji:uji177

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text:yomeiuji:uji177 [2014/10/13 13:37] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji177 [2025/06/12 21:18] (現在) Satoshi Nakagawa
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 **経頼、蛇に逢ふ事** **経頼、蛇に逢ふ事**
  
-むかし、経頼といひける相撲の家のかたはらに、ふる川のありけるが、ふかき淵なる所ありけるに、夏、その川のちかく、木陰のありければ、かたびらばかりきて、中ゆひて、足太はきて、またふり杖と云物つきて、小童ひとりともにぐして、とかくありきけるが「涼まん」とて、その淵のかたはらの木かげに居にけり。+===== 校訂本文 =====
  
-淵青く、おそろしげにて、底もみえず。蘆、薦などいふ、おいしげりけるをみて、汀ちかくたてりけるに、あなたの岸は六七段斗はのきたるらんとみゆるに、水のみなぎりて、こなたざまにきければ、「なにのするにかあらん」とおもふ程に、此方の汀ちかく成て、蛇の頭をさしいでたりければ、「此くちなは大きならんかし。とざまにのぼらんとするにや」と見たてりける程に、蛇、かしらをもたげて、つくづくとまもりけり。「いかに思にかあらん」と思て、汀一尺ばかりのきて、はたちかく立てみければ、しばしばかりまもりまもりて頭を引入てけり。+[[uji176|<<PREV]] [[index.html|『宇治拾遺語』TOP]] [[uji178|NEXT>>]]
  
-さてあなたの岸ざまに、水みとみけるに、こなたざまに、水浪たちてくちなは尾を汀よりさしげて、わがたてる方ざまにさしよせければ、「此蛇おもふやうのあるにこそ」とて、まかせければ猶さよせて、経頼が足を三返四返ばかりまとけり。+経頼といひける相撲(すひ)の家の傍らに、古川のありけるが、深き淵なる所ありけるに、川の近く木陰のあければ、帷(かたびら)ばかり着て中結ひて、足駄履き、ま杖といふものつきて小童一人供に具して、く歩(あ)きけるが、「涼ん」て、その淵の傍らの木陰にゐにけり。
  
-「いかせんずるにあらん思て、たてに、まとひえて、きしきしと引ければ、「川に引入んとするにこそりけれ」とそのおりしりてふみつよりて立りければ「いみじうつよ引」とおもふ程に、きたる足太ふみおりつ。引をされぬべきを、かまへて踏なをて立れば、つよく引ともおろなりひきとられぬべくおぼゆを、足をつよくふみたてければ、かたつに五六寸斗足ふみ入りけり。「よく引なり」と思程に縄などのきるるやうにきるるままに、水中に血のさしわきいづるやうにみえければ、「きれぬるな」とを引ば、くちなは、引さし、のぼりけり。+淵青く、恐しげて、底も見え。蘆(あし)・薦(こも)などいふもの、生ひしげりけるを見て、汀(みぎは)近く立てりけるになたの岸は六・七段ばかりはのきたるらんと見ゆるに、水のみなぎりて、こなたざまに来()ければ、「何のするにらん」と思ふほどに、この方の汀近くなりて、蛇(ちな)さし出でたりれば、「この蛇大きならん外()ざまに上んとすにや」と見立るほどに、蛇頭()もたげ、つくづくとまもりけり。「いかに思ふにかあらん」と思ひて汀一尺ばかりのき端(はた)近く立ちて見ければ、しばしばか、まもりまもりて、頭を引き入れてけり。
  
-その時、足にまとひたる尾をきほどきて、足を水にあらひけれども、蛇の跡せざりければ、「酒にてぞあらふ」と人のひければ、酒りにやりて、あらひなどして後に従者どもびて、尾のかたを引げさせたりければ、大きなりなどもおろかなり。切口の大さ、わたり一尺ばかりあるらんとぞえける。頭の方のれをせにやりければ、あなたの岸に大なる木の根のありけるに、頭のかたを、あまたかへりまとひて、尾をさしおこして、足をまとひて引なりけり。力のをとりて、中よりきれにけるなめり我身のきるるをもしら引けんあさましき事なりかし+さて、あなたの岸ざまに、水みなぎると見けるほどに、またこなたざまに、水波立ちて後、蛇の、尾を汀よりさし上げて、わが立てる方ざまにさし寄せければ、「この蛇、思ふやうのあるにこそ」とて、まかせて見立てりければ、なほさし寄せて、経頼が足を三返四返ばかりまとひけり。 
 + 
 +「いかにせんずるにかあらん」と思ひて立てるほどに、まとひ得て、きしきしと引きければ、「川に引き入れんとするにこそありけれ」と、その折に知りて、踏み強(つよ)りて立てりければ、「いみじう強く引く」と思ふほどに、履きたる足駄の歯を踏み折りつ。引き倒されぬべきを、かまへて踏み直りて立てれば、強く引くともおろかなり。引き取られぬべく覚ゆるを、足を強く踏み立てければ、かたつらに五・六寸ばかり、足を踏み入れて立てりけり。「よく引くなり」と思ふほどに、縄などの切るるやうに、切るるままに、水中に血のさし湧き出づるやうに見えければ、「切れぬるなりけり」とて、足を引きければ、蛇、引きさして上りけり。 
 + 
 +その時、足にまとひたる尾をきほどきて、足を水にひけれども、蛇の跡せざりければ、「酒にてぞふ」と人のひければ、酒りにやりて、ひなどして後に従者どもびて、尾の方(かた)を引き上げさせたりければ、大きなりなどもおろかなり。切口の大さ、り一尺ばかりあるらんとぞえける。頭の方のれをせにやりければ、あなたの岸になる木の根のありけるに、頭のを、あまたりまとひて、尾をさしおこして、足をまとひて引なりけり。力の劣りて、中より切れにけるなめり。わが身の切るるも知らず引きけん、あさましきこかし。 
 + 
 +その後、「蛇の力のほど、いくたりばかりの力にかありしと試みん」とて、大きなる縄を、蛇の巻きたる所に付けて、人十人ばかりして引かせけれども、「なほ足らず、なほ足らず」と言ひて、六十人ばかりかかりて引きける時にぞ、「かばかりぞ覚えし」と言ひける。それを思ふに、経頼が力は、さは百人ばかりが力を持たるにやと思ゆるなり。 
 + 
 +[[uji176|<<PREV]] [[index.html|『宇治拾遺物語』TOP]] [[uji178|NEXT>>]] 
 + 
 +===== 万治二年版本挿絵 ===== 
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 +{{:text:yomeiuji:ujipic31.jpg?600|}} 
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 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  むかし経頼といひける相撲の家のかたはらにふる川のありけるか 
 +  ふかき淵なる所ありけるに夏その川のちかく木陰のありけれは 
 +  かたひらはかりきて中ゆひて足太はきてまたふり杖と云物 
 +  つきて小童ひとりともにくしてとかくありきけるか涼まんとて 
 +  その淵のかたはらの木かけに居にけり淵青くおそろしけにて底も 
 +  みえす蘆薦なといふ物おいしけりけるをみて汀ちかくたてり 
 +  けるにあなたの岸は六七段斗はのきたるらんとみゆるに水の 
 +  みなきりてこなたさまにきけれはなにのするにかあらんとおもふ程に 
 +  此方の汀ちかく成て蛇の頭をさしいてたりけれは此くちなは大 
 +  きならんかしとさまにのほらんとするにやと見たてりける程に蛇 
 +  かしらをもたけてつくつくとまもりけりいかに思にかあらんと 
 +  思て汀一尺はかりのきてはたちかく立てみけれはしはしはかり 
 +  まもりまもりて頭を引入てけりさてあなたの岸さまに水みな/下85オy423 
 + 
 +  きるとみける程に又こなたさまに水浪たちてのちくちなは 
 +  の尾を汀よりさしあけてわかたてる方さまにさしよせけれは此 
 +  蛇おもふやうのあるにこそとてまかせてみたてりけれは猶さしよせて 
 +  経頼か足を三返四返はかりまとひけりいかにせんするにかあらん 
 +  と思てたてる程にまとひえてきしきしと引けれは川に引入ん 
 +  とするにこそありけれとそのおりにしりてふみつよりて立りけれは 
 +  いみしうつよく引とおもふ程にはきたる足太のはをふみおりつ 
 +  引たをされぬへきをかまへて踏なをりて立れはつよく引とも 
 +  おろかなりひきとられぬへくおほゆるを足をつよくふみたて 
 +  けれはかたつらに五六寸斗足をふみ入て立りけりよく引 
 +  なりと思程に縄なとのきるるやうにきるるままに水中に血の 
 +  さしわきいつるやうにみえけれはきれぬるなりけりとて足を引けれは 
 +  くちなは引さしてのほりけりその時足にまとひたる尾をひきほと/下85ウy424 
 + 
 +  きて足を水にあらひけれとも蛇の跡うせさりけれは酒にて 
 +  そあらふと人のいひけれは酒とりにやりてあらひなとして後に 
 +  従者ともよひて尾のかたを引あけさせたりけれは大きなりなと 
 +  もおろかなり切口の大さわたり一尺はかりあるらんとそみえける頭の 
 +  方のきれをみせにやりけれはあなたの岸に大なる木の根 
 +  のありけるに頭のかたをあまたかへりまとひて尾をさしおこして 
 +  足をまとひて引なりけり力のをとりて中よりきれにけるなめり 
 +  我身のきるるをもしら引けんあさましき事なりかし 
 +  其後くちなはの力のほといくたりはかりの力にかありしとこころ 
 +  みんとて大なる縄を蛇の巻たる所に付て人十人斗して 
 +  ひかせけれとも猶たらす猶たらすといひて六十人斗かかりて引ける 
 +  時にそかはかりそおほえしといひけるそれをおもふに経頼か 
 +  力はさは百人斗か力をもたるにやとおほゆるなり/下86オy425
  
-其後、「くちなはの力のほど、いくたりばかりの力にかありしとこころみん」とて、大なる縄を蛇の巻たる所に付て、人十人斗してひかせけれども「猶たらず。猶たらず。」といひて、六十人斗かかりて引ける時にぞ、「かばかりぞおぼえし」といひける。それをおもふに、経頼が力は、さは百人斗が力をもたるにやと、おぼゆるなり。 
text/yomeiuji/uji177.1413175076.txt.gz · 最終更新: by Satoshi Nakagawa