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text:yomeiuji:uji170

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text:yomeiuji:uji170 [2014/04/18 22:37] – 作成 Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji170 [2025/06/07 18:41] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
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 +宇治拾遺物語
 ====== 第170話(巻13・第10話)慈覚大師、纐纈城に入り給ふ事 ====== ====== 第170話(巻13・第10話)慈覚大師、纐纈城に入り給ふ事 ======
  
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 **慈覚大師、纐纈城に入り給ふ事** **慈覚大師、纐纈城に入り給ふ事**
  
-むかし、慈覚大師、仏法をならひ伝へんとて、もろこしへ渡給ておはしける程に、会昌年中に唐武宗、仏法をほろぼして、堂塔をこぼち、僧、尼をとらへてうしなひ、或は還俗せしめ給乱に合給へり。+===== 校訂本文 =====
  
-大師もとらへんとしける程に、逃てある堂の内へ入給ぬ。其使、堂へ入てさがしける間、大師、すべきかたなくて、仏の中に逃入て、不動を念給ける程に、使、求けるに、あたらしき不動尊、仏の御中におはしけり。それをあやしがりて、いだきおろしてみるに、大師、もとのすがたに成給ぬ。使、おどろきて、御門にこのよしを奏す。御門、仰られけるは、「他国の聖也。すみやかに追はなつべし」と仰ければ、はなちつ。+[[uji169|<<PREV]] [[index.html|『宇治拾遺物語』TOP]] [[uji171|NEXT>>]]
  
-大師喜て他国へ逃給に、遥なる山をへだてて、人の家あり。築地高くつきめぐらて、一の門あ。そこに人たてり。悦をなしてとひに、「これはとりの長者の家なり。わ僧何人ぞ」ととふ。答て云、「日本国より、仏法ならひつたへんとて、わたれる僧なり。るに、かくあさましきみだれにあひて『しばしかくれてあらん』と思なり」といふに、「これは、おぼろげに人きたらぬ所也。しばらくここにおはして、世しづまりて後出て、仏法もならひ給へ」といへば、大師喜びして、内へ入ぬれば、門さしめておくのかたに入に、尻に立行てみれば様々のやども作つづけて、人おほく、さ。かたはらなる所、す+昔、慈覚大師((円仁))仏法習ひ伝んとて、唐土(もろこ)へ渡り給ひておはしほどに、会昌年中に、武宗、仏法を滅ぼして、堂塔をこぼち僧・尼を捕へ失ひあるい還俗せめ給ふ乱あひ給
  
-「仏法ならひつべき所やある」と見あ仏法僧侶等、すべて見えず。うしろかた、山によりて一宅あり。よりてき人のうくこゑあまたすあやて、きのひまよへば人をしばりて、上よりつりさげて、下壷どもをすへて血をたしいる。+大師も捕へんとしけるほどに、逃げある堂の内へ入り給ひぬ。その使(つかひ)堂へ入りて捜しける間大師、すべき方なく、仏逃げ入りて、不動を念じ給ひるほどに使、求けるに、新しき不動尊、仏御中におはしけりそれを怪がりて、抱(いだ)下して見るに、大師、もと姿になり給ひぬ。使驚きて、このよし。帝仰せれけは、「他国の聖なり。すみやかに追ひ放つべし」と仰せければ、放ちつ
  
-あさましくて、をとへども、いらへもせず。大にあやて、又こと所をきけば、同くにようをとす。ぞきてみれば、色さましう青びれたる物どもの、やせんじたるあまたふせり。一人まねきよせて、「これはいかる事ぞかやうにたへがたげにいかであるぞ」とば、木のきれを持て、ほそきかなをさしいで、土に書をみば「これは纐纈城也これへきたまづ物いはぬ薬をはせて、次にこゆる薬をくはす。て、其後、たか釣さげて、所々をさ、血をやして、その血にてかうけつを染て売侍なりこれをしらずしてかかる目をみる也。食物の中、胡麻やうにて、くろみる物あり。それは、物いはなり。さる物まいらせたらば、食まねをしてて給へ。さて、人の物申さば、うめきにのみうめき給へ。さて後に、いかにもして逃べきしたくをして逃給はかたくさして、おぼろげにて逃べやうなし」とくはしくをしへければ、所に帰居給ぬ+大師、喜びて、他国逃げ給ふに遥かなる山を隔てて人の家あり。築地(つぢ)高くつきめぐらして、一つり。こに人立てり。悦びなし問ひ給ふに、「これは一人の長者の家わ僧何人ぞ」と問ふ。答へていはく「日本国より、仏法習伝へんとる僧なりしかるに、まし乱(みだれ)あひて、ばし隠れてあらん』と思ふなり」と言ふに、「これおぼろげなり。らくここにおはしてづまり後、出で、仏法も習ひ給へ」と言へば、大師喜びして入りぬれば、さし固めて、奥の方に入るに、尻立ちて見れば、さまざまの屋(や)ども作続けて、人多く騒がし。傍らなる所にすゑつ
  
-る程に人、く物もちてたり。をしへつるうに、此色のある物、中にあり。くやう、ふとこに入てのち人きたりて、物をとへば、うめきて物も給はず「いまはおほせたり」と思て、肥べ薬をさざまにしてくはすれば、おなじくくふまねしてくはず。のたちさたるひまに艮方にむかひて、「我山の三宝、助け給へ」と手をす祈精((「請」の誤か))給に、大な犬一疋いできて、大師の御袖をくひてひく「やうり」とおぼえて、引かたにで給に、思がけぬ水門のあるより引出しつ。外に出ぬれば、犬は失ぬ+「仏法習つべやある」と見歩(あり)き給ふに、仏法・僧侶等、すべ見えず。後の方寄り一宅ありりて聞けば、人のうめく声あまたすて、垣(か)の隙(ひ)より見給へば、人を縛上より吊り下げて、下に壷どもをす、血を垂らる。あさましくて、ゆゑを問へども、らへもせず
  
-はかうとおぼして、きたるかたへはしり給。はるかに山を越て人里あり。人ひて、「これはいづかたよりおはする人の、かくは走給ぞ」とひければ、「かかる所へ行たりつるが、逃てまかるなり」とのに、「あはれ、あさましかりけるかな。それは纐纈城なり。かしこへ行ぬる人の帰事なし。おぼろげの仏の御助ならでは、出べきやうなし。あはれ、貴くおはしける人かな」とておみてさりぬ+おほきに怪しくて、また異所(ことどころ)を聞けば、同じくによふ音す。のぞきて見れば、色あさましう青びれたる者どもの、痩せ損じたる、あまた臥せり。一人を招き寄せて、「これなることぞ。かやに耐へがたげには、いかであるぞ」問へば、木の切れを持ちて、細き腕(かひな)をさ出でて、土に書くを見れば、「これは纐纈城(かうけちじやう)なり。これへ来たる人には、まづも言はぬ薬を食はせて、次に肥ゆる薬を食はす。さて、その後、高所に釣り下げて、所々をさし切りて、血をあやして、その血にて纐纈を染めて、売り侍るなり。これを知らずして、かかる目を見るなり。食ひ物の中に、胡麻のやうにて、黒ばみたる物あり。それは、もの言はぬ薬なり。さるもの参らせたらば、食ふ真似をして捨て給へ。さて、人のもの申さば、うめきにのみうめき給へ。さて後に、いにもして逃ぐべき支度をして逃げ給へ。門は固くさして、おぼろげにて逃ぐべきやうなし」と、くはしく教へければ、ありつる居所に帰りゐ給ひぬ。 
 + 
 +さるほどに、人、食ひ物持ちて来り。教つるやうに、この色のある物、中にあり。食ふやうにして、懐(ふところ)に入れて、後(のち)に捨てつ。人来たりて、ものを問へば、うめきてものものたまはず。「今はしおほせた」と思ひて、肥ゆべき薬をさまざまにして食はすれば、同じく食ふ真似して食はず。人の立ち去りたる隙(ひま)に、艮(うしとら)の方に向かひて、「わが山((比叡山延暦寺))の三宝、助けへ」と手をすりて祈請((底本「祈精」))し給ふに、大きなる犬、一疋出で来て、大師の御袖を食ひて引く。「やうあり」と思えて、引く方に出で給ふに、思ひかけぬ水門のあるより引き出だしつ。外に出でぬれば、犬失せぬ。 
 + 
 +今はかうと思して、足の向きた方へ走り給ふ。遥かに山を越て人里あり。人ひて、「これはいづよりおはする人の、かくは走ぞ」とひければ、「かかる所へ行たりつるが、逃てまかるなり」とのたまふに、「あはれ、あさましかりけることかな。それは纐纈城なり。かしこへ行ぬる人の帰事なし。おぼろげの仏の御助ならでは、出べきやうなし。あはれ、貴くおはしける人かな」とて、拝みて去りぬ。 
 + 
 +それより、いよいよ逃げ来て、また都((長安))へ入りて、忍びておはするに、会昌六年に武宗崩じ給ひぬ。翌年、大中元年、宣宗位につき給ひて、仏法滅ぼすことやぬれば、思ひのごとく仏法習ひ給ひて、十年といふに日本へ帰り給て、真言等広め給ひけりとなん。 
 + 
 +[[uji169|<<PREV]] [[index.html|『宇治拾遺物語』TOP]] [[uji171|NEXT>>]] 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  むかし慈覚大師仏法をならひ伝へんとてもろこしへ渡給て 
 +  おはしける程に会昌年中に唐武宗仏法をほろほして堂塔を 
 +  こほち僧尼をとらへてうしなひ或は還俗せしめ給乱に合給 
 +  へり大師もとらへんとしける程に逃てある堂の内へ入給ぬ其 
 +  使堂へ入てさかしける間大師すへきかたなくて仏の中に逃入て不 
 +  動を念給ける程に使求けるにあたらしき不動尊仏の御中に/下76ウy406 
 + 
 +  おはしけそれをあやしかりていたきおろしてみるに大師もとの 
 +  すかたに成給使おとろきて御門にこのよしを奏す御門 
 +  仰られけるは他国の聖也すみやかに追はなつへしと仰けれははなち 
 +  つ大師喜て他国へ逃給に遥なる山をへたてて人の家あり築 
 +  地高くつきめくらして一の門ありそこに人たてり悦をなしてとひ 
 +  給にこれはひとりの長者の家なりわ僧は何人そととふ答て云 
 +  日本国より仏法ならひつたへんとてわたれる僧なりしかるに 
 +  かくあさましきみたれにあひてしはしかくれてあらんと思なりと 
 +  いふにこれはおほろけに人のきたらぬ所也しはらくここにおはして 
 +  世しつまりて後出て仏法もならひ給へといへは大師喜をなして 
 +  内へ入ぬれは門をさしかためておくのかたに入に尻に立て行て 
 +  みれは様々のやとも作つつけて人おほくさはかしかたはらなる所に 
 +  すへつさて仏法ならひつへき所やあると見ありき給に仏法僧侶/下77オy407 
 + 
 +  等すへて見えすうしろのかた山によりて一宅ありよりてきけは人 
 +  のうめくこゑのあまたすあやしくてかきのひまよりみ給へは人をし 
 +  はりて上よりつりさけて下に壷ともをすへて血をたらしいる 
 +  あさましくてゆへをとへともいらへもせす大にあやしくて又こと所を 
 +  きけは同くにようをとすのそきてみれは色あさましう青ひれ 
 +  たる物とものやせそんしたるあまたふせり一人をまねきよせて 
 +  これはいかなる事そかやうにたへかたけにはいかてあるそととへは木の 
 +  きれを持てほそきかひなをさしいてて土に書をみれはこれは纐 
 +  纈城也これへきたる人にはまつ物いはぬ薬をくはせて次にこゆる 
 +  薬をくはすさて其後たかき所に釣さけて所々をさし切て血を 
 +  あやしてその血にてかうけつを染て売侍なりこれをしらすして 
 +  かかる目をみる也食物の中に胡麻のやうにてくろはみたる物あり 
 +  それは物いはぬ薬なりさる物まいらせたらは食まねをしてすて給へ/下77ウy408 
 + 
 +  さて人の物申さはうめきにのみうめき給へさて後にいかにもして 
 +  逃へきしたくをして逃給へ門はかたくさしておほろけにて逃へき 
 +  やうなしとくはしくをしへけれはありつる居所に帰居給ぬさる 
 +  程に人くひ物もちてきたりをしへつるやうに此色のある物中 
 +  にありくふやうにしてふところに入てのちにすてつ人きたりて 
 +  物をとへはうめきて物もの給はすいまはしおほせたりと思て 
 +  肥へき薬をさまさまにしてくはすれはおなしくくふまねして 
 +  くはす人のたちさりたるひまに艮方にむかひて我山の三宝助 
 +  け給へと手をすりて祈精し給に大なる犬一疋いてきて大 
 +  師の御袖をくひてひくやうありとおほえて引かたにいて給に 
 +  思かけぬ水門のあるより引出しつ外に出ぬれは犬は失ぬ今 
 +  はかうとおほして足のむきたるかたへはしり給はるかに山を 
 +  越て人里あり人あひてこれはいつかたよりおはする人のかくは走/下78オy409 
 + 
 +  給そととひけれはかかる所へ行たりつるか逃てまかるなりとの給に 
 +  あはれあさましかりける事かなそれは纐纈城なりかしこへ行ぬる人 
 +  の帰事なしおほろけの仏の御助ならては出へきやうなしあはれ貴く 
 +  おはしける人かなとておかみてさりぬそれよりいよいよ逃きて又都へ 
 +  入て忍ておはするに会昌六年に武宗崩し給ぬ翌年大 
 +  中元年宣宗位につき給て「仏法ほろほす事やみぬれは思 
 +  のことく仏法ならひ給て」十年といふに日本へ帰給て真言 
 +  等ひろめ給けりとなん/下78ウy410
  
-それより、いよいよ逃きて、又、都へ入て、忍でおはするに、会昌六年に武宗崩じ給ぬ。翌年大中元年、宣宗位につき給て、十年といふに、日本へ帰給て、真言等、ひろめ給けりとなん。 
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