text:yomeiuji:uji136
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text:yomeiuji:uji136 [2014/04/17 13:34] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:yomeiuji:uji136 [2019/08/12 12:57] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
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+ | 宇治拾遺物語 | ||
====== 第136話(巻11・第12話)出家功徳の事 ====== | ====== 第136話(巻11・第12話)出家功徳の事 ====== | ||
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**出家功徳の事** | **出家功徳の事** | ||
- | これも今はむかし、筑紫に「たうさかのさへ」と申、斉の神まします。そのほこらに修行しける僧のやどりて、ねたりける夜、「夜中斗にはなりぬらん」とおもふ程に、「斉はましますか」ととふこゑす。このやどりたる僧、「あやし」ときくほどに、此ほこらの内より、「侍り」とこたふなり。 | + | ===== 校訂本文 ===== |
- | 又、「あさまし」ときけば、「明日、武蔵寺にやまいり給ふ」ととふなれば、「さも侍らず。何事の侍ぞ」とこたふ。あす武蔵寺に新仏いで給べしとて、梵天、帝尺、諸天龍神あつまり給ふとはしり給はぬか」といふなれば、「さる事も、えうけたまはらざりけり。うれしくつけ給へるかな。いかでかまいらでは侍べらん。かならずまいらんずる」といへば、「さらば、あすの巳時ばかりの事なり。かならずまいりたまへ。まち申さん」とて過ぬ。 | + | これも今は昔、筑紫に「たうさかのさへ」と申す、斉の神((道祖神))まします。その祠(ほこら)に修行しける僧の宿りて、寝たりける夜、「夜中ばかりにはなりぬらん」と思ふほどに、馬の足音あまたして、人の過ぐると聞くほどに、「斉はましますか」と問ふ声す。この宿りたる僧、「あやし」と聞くほどに、この祠の内より、「侍り」と答ふなり。 |
- | この僧、これをききて、「希有の事をもききつるかな。あすは物へゆかんと思つれども、この事みてこそ、いづちもゆかめ」と思て、あくるやをそきとむさし寺にまいりてみれども、さるけしきもなし。例よりは、中々しづかに人もみえず、「あるやうあらん」と思て、仏の御前に候て巳時をまちゐたる程に、今しばしあらば、午時になりなんず。 | + | また、「あさまし」と聞けば、「明日、武蔵寺にや参り給ふ」と問ふなれば、「さも侍らず。何事の侍るぞ」と答ふ。「明日、武蔵寺に新仏出で給ふべしとて、梵天・帝釈((帝釈天))・諸天・龍神集まり給ふとは知り給はぬか」と言ふなれば、「さることも、え承らざりけり。嬉しく告げ給へるかな。いかでか参らでは侍らん。かならず参らんずる」と言へば、「さらば、明日の巳時ばかりのことなり。必ず参り給へ。待ち申さん」とて過ぎぬ。 |
- | 「いかなる事にか」と思ゐたる程に、年七十斗余斗なる翁の、髪もはげて白きとてもおろおろある頭に、ふくろの烏帽子を引き入てもともちいさきが、いとどこしかがまりたるが、杖にすがりてあゆむ。しりに尼たてり。ちいさく黒き桶になにかあるらん、物入て引さげたり。御堂にまいりて、男は仏の御前にて、ぬか二三度斗つきて、もくれんずの念珠の大きにながきをしもみて候へば、尼そのもたる小桶を翁のかたはらにをきて「御房よびたてまつらん」とていぬ。 | + | この僧、これを聞きて、「希有のことをも聞きつるかな。『明日はものへ行かん』と思ひつれども、このこと見てこそ、いづちも行かめ」と思ひて、明くるや遅きと武蔵寺に参りて見れども、さる気色もなし。例よりはなかなか静かに、人も見えず、「あるやうあらん」と思ひて、仏の御前に候ひて、巳時を待ちゐたるほどに、今しばしあらば、午時になりなんず。 |
- | しばしばかりあれば、六十斗なる僧まいりて、仏拝奉て、「なにせむに、よび給ぞ」ととへば、「けふ、あすともしらぬ身に罷成にたれば、このしらがのすこしのこりたるを剃て、御弟子にならんと思也」といへば、僧、目をしすりて、「いとたうとき事かな。さらば、とくとく」とて、小桶なりつるは湯なりけり、その湯にて頭あらひて、剃て、戒さづけつれば、また仏おがみ奉て、まかりいでぬ。其後、又こと事なし。さは、この翁の、法師になるを随喜して、天衆もあつまり給て、新仏のいでさせたまふとはあるにこそありけれ。 | + | 「いかなることにか」と思ひゐたるほどに、年七十余りばかりなる翁の、髪もはげて、白きとてもおろおろある頭に、袋の烏帽子を引き入れて、もとも小さきが、いとど腰かがまりたるが、杖にすがりて歩む。尻に尼立てり。小さく黒き桶に、何かあるらん、物入れて引き下げたり。御堂に参りて、男は仏の御前にて、額(ぬか)二三度ばかりつきて、木欒子(もくれんず)の念珠の大きに長き、押しもみて候へば、尼、その持たる小桶を翁の傍らに置きて、「御房、呼び奉らん」とて往ぬ。 |
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+ | しばしばかりあれば、六十ばかりなる僧参りて、仏拝奉りて、「何せむに呼び給ふぞ」と問へば、「今日明日とも知らぬ身にまかりなりにたれば、この白髪の少し残りたるを剃りて、御弟子にならんと思ふなり」と言へば、僧、目押しすりて、「いと尊きことかな。さらば、とくとく」とて、小桶なりつるは湯なりけり、その湯にて頭洗ひて、剃りて、戒授けつれば、また仏拝み奉りて、まかり出でぬ。その後、また異事(ことごと)なし。さは、この翁の法師になるを随喜して、天衆も集り給ひて、「新仏の出でさせ給ふ」とはあるにこそありけれ。 | ||
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+ | 出家随分の功徳とは、今に始めたることにはあらねども、まして、若く盛りならん人の、よく道心起こして、随分にせん者の功徳、これにていよいよ推し量られたり。 | ||
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+ | ===== 翻刻 ===== | ||
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+ | これも今はむかし筑紫にたうさかのさへと申斉の神まします | ||
+ | そのほこらに修行しける僧のやとりてねたりける夜夜中 | ||
+ | 斗にはなりぬらんとおもふ程に馬のあしをとあまたして人 | ||
+ | の過るときく程に、斉はましますかととふこゑすこの | ||
+ | やとりたる僧あやしときくほとに此ほこらの内より侍り | ||
+ | とこたふなり又あさましときけは明日武蔵寺にやま | ||
+ | いり給ふととふなれはさも侍らす何事の侍るそとこたふ | ||
+ | あす武蔵寺に新仏いて給へしとて梵天帝尺諸天 | ||
+ | 龍神あつまり給ふとはしり給はぬかといふなれはさる事も | ||
+ | えうけたまはらさりけりうれしくつけ給へるかないかてかま | ||
+ | いらては侍へらんかならすまいらんするといへはさらはあすの | ||
+ | 巳時はかりの事なりかならすまいりたまへまち申/下49ウy352 | ||
+ | |||
+ | さんとて過ぬこの僧これをききて希有の事をも | ||
+ | ききつるかなあすは物へゆかんと思つれともこの事みて | ||
+ | こそいつちもゆかめと思てあくるやをそきとむさし寺 | ||
+ | にまいりてみれともさるけしきもなし例よりは中々しつ | ||
+ | かに人もみえすあるやうあらんと思て仏の御前に候て巳時 | ||
+ | をまちゐたる程に今しはしあらは午時になりなんすいか | ||
+ | なる事にかと思ゐたる程に年七十余斗なる翁の髪も | ||
+ | はけて白きとてもおろおろある頭にふくろの烏帽子を | ||
+ | ひき入てもともちいさきかいととこしかかまりたるか杖に | ||
+ | すかりてあゆむしりに尼たてりちいさく黒き桶に | ||
+ | なにかあるらん物入て引さけたり御堂にまいりて男は | ||
+ | 仏の御前にてぬか二三度斗つきてもくれんすの念珠 | ||
+ | の大きになかきをしもみて候へは尼そのもたる小桶を/下50オy353 | ||
+ | |||
+ | 翁のかたはらにをきて御房よひたてまつらんとていぬし | ||
+ | はしはかりあれは六十斗なる僧まいりて仏拝奉て | ||
+ | なにせむによひ給そととへはけふあすともしらぬ身に罷 | ||
+ | | ||
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+ | | ||
+ | | ||
+ | | ||
+ | | ||
+ | | ||
+ | はしめたる事にはあらねともましてわかくさかりならん | ||
+ | 人のよく道心おこして随分にせんものの功徳これ | ||
+ | にていよいよをしはかられたり/下50ウy354 | ||
- | 出家随分の功徳とは、今にはじめたる事にはあらねども、まして、わかくさかりならん人の、よく道心おこして、随分にせんものの功徳、これにていよいよをしはかれたり。 |
text/yomeiuji/uji136.txt · 最終更新: 2019/08/12 12:57 by Satoshi Nakagawa