text:yomeiuji:uji101
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text:yomeiuji:uji101 [2014/04/12 04:57] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:yomeiuji:uji101 [2018/09/29 12:42] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
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+ | 宇治拾遺物語 | ||
====== 第101話(巻8・第3話)信濃国の聖の事 ====== | ====== 第101話(巻8・第3話)信濃国の聖の事 ====== | ||
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**信濃国の聖の事** | **信濃国の聖の事** | ||
- | 今はむかし、信濃国に法師有けり。さる田舎にて法師になりにければ、まだ受戒もせで、「いかで京にのぼりて、東大寺といふ所にて受戒をせん」と思て、とかくしてのぼりて受戒してけり。 | + | ===== 校訂本文 ===== |
- | さて、「もとの国へ帰らん」と思けれども、「よしなし。さる無仏世界のやうなる所に帰らじ。ここにゐなん」とおもふ心付て、東大寺の仏の御前に候て「いづくにか、行してのどやかに住ぬべき所ある」とよろづの所を見まはしけるに、坤のかたにあたりて、山かすかにみゆ。「そこらにおこなひてすまん」と思て行て、山の中にえもいはず行て過す程に、すずろにちいさやかなる厨子仏をおこなひいだしたり。毘沙門にてぞおはしましける。 | + | 今は昔、信濃国に法師((通常「命蓮」と表記する。[[: |
- | そこにちいさき堂をたてて、すへたてまつりて、えもいはず行ひて年月をふる程に、此山のふもとに、いみじき下す徳人ありけり、そこに聖の鉢はつねに飛行つつ、物は入てきけり。 | + | さて、「もとの国へ帰らん」と思ひけれども、「よしなし。さる無仏世界のやうなる所に帰らじ。ここに居なん」と思ふ心付きて、東大寺の仏の御前に候ひて「いづくにか行ひして、のどやかに住みぬべき所ある」と、よろづの所を見回しけるに、坤(ひつじさる)の方(かた)に当りて、山かすかに見ゆ。「そこらに行なひて住まん」と思ひて、行きて、山の中に、えもいはず行ひて過ぐすほどに、すずろに小さやかなる厨子仏(づしぼとけ)を行ひ出だしたり。毘沙門((毘沙門天))にてぞ、おはしましける。 |
- | 大なるあぜ倉のあるをあけて、物とりいだす程に、此鉢飛て、例の物こひにきたりけるを「例の鉢きにたり。ゆゆしく、ふくつけき鉢よ」とて、取て、倉のすみになげをきて、とみに物もいれざりければ、鉢は待ゐたりける程に、倉の戸をさして、主帰ぬる程に、とばかりありて、この蔵、すずろにゆさゆさとゆるぐ。 | + | |
- | 「いかにいかに」と、見さはぐ程に、ゆるぎゆるぎて、土より一尺斗ゆるぎあがる時に「こはいかなる事ぞ」と、あやしがりてさはぐ。「まことにありつる鉢をわすれて、とりいでずなりぬる。それがしわざにや」など、いふ程に、此鉢、蔵よりもりいでて、此鉢に蔵のりて、ただのぼりに、空ざまに一二丈ばかりのぼる。 | + | |
- | さて、飛行程に、人々みののしり、あさみさはぎあひたり。蔵のぬしも、さらにすべきやうもなければ、「此倉のいかん所をみん」とて、尻にたちてゆく。そのわたりの人々も、みなはしりけり。さて、みれば、やうやう飛て、河内国に此聖のおこのふ山の中に飛行て、聖の坊のかたにどうとおちぬ。 | + | |
- | いとどあさましく思て、さりとてあるべきならねば、この蔵ぬし、聖のもとによりて申やう「かかるあさましき事なんさぶらふ。此鉢のつねにまうでくれば、物入つつまいらするを、まぎらはしく候つる程に、倉にうちをきて忘て、とりもいださで、じやうをさして候ければ、この蔵、ただゆるぎにゆるぎて、ここになん飛てまうできて、おちて候。此くら返し給候はん」と、申時に、「まことにあやしき事なれど、飛てきにければ、蔵はえ返しとらせじ。ここにか様のものもなきに、おのづから物をもをかんによし。中ならん物は、さながらとれ」と、の給へば、ぬしのいふやう「いかにしてか、たちまちにはこびとり返さん。千石つみて候也」と、いへば「それはいとやすき事也。たしかに我はこびてとらせん」とて、此鉢に一俵を入て飛すれば、雁などのつづきたるやうに、のこりの俵ども、つづきたり[るトナッテイルカ]。 | + | |
- | むらすずめなどのやうに、飛つづきたるをみるに、いとどあさましく、たうとければ、ぬしのいふやう「しばしみななつかはし候そ。米二三百は、とどめてつかはせ給へ」と、いへば、聖「あるまじき事也。それ、ここにをきては、なににかはせん」と、いへば「さらば、ただつかはせ給斗十廿をもたてまつらん」と、いへば「さまでも入べき事のあらばこそ」とて、主の家に、たしかにみなおちゐにけり。 | + | |
- | かやうにたうとく行てすぐす程に、其比、延喜御門、をもくわづらはせ給て、さまざまの御祈ども、御修法、御読経など、よろづにせらるれど、更にえおこたらせ給はず。ある人の申やう「河内の信貴と申所に、此年来行て里へ出る事もせぬ聖候也。それこそ、いみじくたうとく、しるしありて、鉢を飛し、さて、ゐながらよろづありがたき事をし候なれ。それを召て祈せさせ給はば、おこたらせ給なんかし」と、申せば「さらば」とて、蔵人を御使にて、めしにつかはす。 | + | そこに小さき堂を建てて、据ゑ奉りて、えもいはず行ひて、年月を経るほどに、この山の麓(ふもと)に、いみじき下種徳人(げすとくにん)ありけり。そこに、聖の鉢はつねに飛行つつ、物は入てきけり。 |
- | いきてみるに、聖のさま、ことに貴くめでたし。「かうかう宣旨にてめす也。とくとくまいるべきよし」いへば、聖「なにしにめすぞ」とて、更にうごきげもなければ「かうかう御悩大事におはします。祈まいらせ給へ」と、いへば「それがまいらずとも、ここながら祈まいらせ候はん」と、いふ。「さては、もしおこたらせおはしましたりとも、いかでか聖のしるしとはしるべき」と、いへば「それはたがしるしといふ事、知らせ給はずとも、ただ御心ちだにおこたらせ給なば、よく候なん」と、いへば、蔵人「さるにても、いかでかあまたの御祈の中にも、そのしるしとみえんこそよからめ」と、いふに「さらばいのりまいらせんに、剣の護法をまいらせん。おのづから御夢にも、まぼろしにも御らんぜば、さとはしらせ給へ。剣をあみつつきぬにきたる護法なり。我は更に京へはえいでじ」と、いへば、勅使帰まいりて「かうかう」と、申程に、三日といふひるつかた、ちとまどろませ給ふともなきに、きらきらとある物のみえければ「いかなる物にか」とて、御覧ずれば、あの聖のいひけん、剣の護法なりとおぼしめすより、御心ちさはさはとなりて、いささか心くるしき御こともなく、例ざまにならせ給ぬ。 | + | |
- | 人々悦て、聖をたうとがりめであひたり。御門もかぎりなくたうとくおぼしめして、人をつかはして「僧正、僧都にやなるべき。又、その寺に庄などやよすべき」と、仰つかはす。聖、うけ給はりて「僧都、僧正、更に候まじき事也。又、かかる所に庄などよりぬれば、別当なにくれなどいできて、中々むつかしく罪得がましく候。ただ、かくて候はん」とて、やみにけり。 | + | 大きなる校倉(あぜくら)のあるを開けて、物取り出だすほどに、この鉢飛びて、例の物乞ひに来たりけるを、「例の鉢、来にたり。ゆゆしく、ふくつけき鉢よ」とて、取りて、倉のすみに投げ置きて、とみに物も入れざりければ、鉢は待ち居たりけるほどに、物どもしたため果てて、この鉢を忘れて、物も入れず、取りも出ださで、倉の戸をさして、主(ぬし)帰りぬるほどに、とばかりありて、この蔵、すずろにゆさゆさと揺(ゆる)ぐ。 |
+ | |||
+ | 「いかにいかに」と見騒ぐほどに、揺ぎ揺ぎて、土より一尺ばかり揺ぎ上がる時に、「こはいかなることぞ」と怪しがりて騒ぐ。「まことにまことに、ありつる鉢を忘れて、取り出でずなりぬる。それがしわざにや」など言ふほどに、この鉢、蔵より漏り出でて、この鉢に蔵乗りて、ただ昇りに、空ざまに一・二丈ばかり昇る。 | ||
+ | |||
+ | さて、飛び行くほどに、人々、見ののしり、あさみ、騒ぎあひたり。蔵の主(ぬし)も、さらにすべきやうもなければ、「この倉の行かん所を見ん」とて、尻に立ちて行く。そのわたりの人々も、みな走りけり。さて、見れば、やうやう飛びて、河内国に、この聖の行(おこの)ふ山の中に飛び行きて、聖の坊のかたはしに、どうと落ちぬ。 | ||
+ | |||
+ | いとどあさましく思ひて、さりとて、あるべきならねば、この蔵主、聖のもとに寄りて申すやう、「かかるあさましきことなん候(さぶら)ふ。この鉢の常に詣で来れば、物入れつつ参らするを、まぎらはしく候ひつるほどに、倉にうち置きて、忘れて、取りも出ださで、錠(じやう)をさして候ひければ、この蔵、ただ揺ぎに揺ぎて、ここになん飛びて詣で来て、落ちて候ふ。この蔵、返し給ひ候はん」と申す時に、「まことにあやしきことなれど、飛びて来にければ、蔵はえ返し取らせじ。ここにかやうのものもなきに、おのづから物をも置かんによし。中ならん物は、さながら取れ」とのたまへば、主の言ふやう、「いかにしてか、たちまちに運び取り返さん。千石積みて候ふなり」と言へば、「それはいとやすきことなり。たしかに、われ運びて取らせん」とて、この鉢に一俵を入れて飛ばすれば、雁などの続きたるやうに、残りの俵ども続きたり。 | ||
+ | |||
+ | むら雀などのやうに、飛び続きたるを見るに、いとどあさましく、尊ければ、主の言ふやう、「しばし、みななつかはし候ひそ。米二・三百は、とどめてつかはせ給へ」と言へば、聖、「あるまじきことなり。それ、ここに置きては、何にかはせん」といへば、「さらば、ただつかはせ給ふばかり、十・二十をも奉らん」と言へば、「さまでも、入るべきことのあらばこそ」とて、主の家に、たしかにみな落ち居にけり。 | ||
+ | |||
+ | かやうに尊く行ひて過ぐすほどに、そのころ、延喜の御門((醍醐天皇))、重くわづらはせ給ひて、さまざまの御祈りども、御修法(みしほふ)、御読経など、よろづにせらるれど、さらにえおこたらせ給はず。ある人の申すやう、「河内の信貴と申す所に、この年ごろ行ひて、里へ出でることもせぬ聖候ふなり。それこそ、いみじく尊く、しるしありて、鉢を飛ばし、さて、居ながらよろづありがたきことをし候ふなれ。それを召して祈りせさせ給はば、おこたらせ給ひなんかし」と申せば、「さらば」とて、蔵人を御使にて、召しにつかはす。 | ||
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+ | 行きて見るに、聖のさま、ことに貴くめでたし。かうかう、宣旨にて召すなり。とくとく参るべきよし言へば、聖、「何しに召すぞ」とて、さらに動きげもなければ、「かうかう御悩(ごなう)大事におはします。祈り参らせ給へ」と言へば、「それが参らずとも、ここながら祈り参らせ候はん」と言ふ。 | ||
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+ | 「さては、もしおこたらせおはしましたりとも、いかでか聖のしるしとは知るべき」と言へば、「それは誰(た)がしるしといふこと、知らせ給はずとも、ただ御心地だにおこたらせ給ひなば、よく候ひなん」と言へば、蔵人、「さるにても、いかでか、あまたの御祈りの中にも、そのしるしと見えんこそよからめ」と言ふに、「さらば祈り参らせんに、剣の護法を参らせん。おのづから、御夢にも、幻(まぼろし)にも御覧ぜば、さとは知らせ給へ。剣を編みつつ衣(きぬ)に着たる護法なり。われは、さらに京へはえ出でじ」と言へば、勅使、帰り参りて「かうかう」と申すほどに、三日といふ昼つかた、ちとまどろませ給ふともなきに、きらきらとある者の見えければ、「いかなる者にか」とて御覧ずれば、「あの聖の言ひけん剣の護法なり」と思し召すより、御心地さはさはとなりて、いささか心苦しき御こともなく、例ざまにならせ給ひぬ。 | ||
+ | |||
+ | 人々、悦びて、聖を尊がり、めであひたり。御門もかぎりなく尊く思し召して、人をつかはして、「僧正・僧都にやなるべき。また、その寺に庄などや寄すべき」と仰せつかはす。聖、うけ給はりて、「僧都・僧正、さらに候ふまじきことなり。また、かかる所に庄など寄りぬれば、別当なにくれなど出で来て、なかなかむつかしく、罪得がましく候ふ。ただ、かくて候はん」とてやみにけり。 | ||
+ | |||
+ | かかる程に、この聖の姉ぞ一人ありける。「この聖、『受戒せん』とて、上りしまま見えぬ。「かうまで年ごろ見えぬは、いかになりぬるやらん。おぼつかなきに((「おぼつかなきに」は底本「おぼつかなきにに」。衍字とみて「に」を削除))、尋ねてみん」とて、上りて、東大寺・山階寺のわたりを、「まうれん小院といふ人やある」と尋ぬれど、「知らず」とのみ言ひて、「知りたる」といふ人なし。 | ||
+ | |||
+ | 尋ねわびて、「いかにせん。これが行方(ゆくへ)聞きてこそ帰らめ」と思ひて、その夜、東大寺の大仏の御前にて、「このまうれんが所、教へさせ給へ」と夜一夜申して、うちまどろみたる夢に、この仏、仰せらるるやう、「尋ぬる僧のあり所は、これより坤(ひつじさる)の方に山あり。その山の雲たなびきたる所を行きて尋ねよ」と仰せらるると見て覚めければ、暁方になりにけり。「いつしか、とく夜の明けよかし」と思ひて、見居たれば、ほのぼのと明け方になりぬ。坤の方を見やりたれば、山かすかに見ゆるに、紫の雲たなびきたり。 | ||
+ | |||
+ | 嬉しくて、そなたを指して行きたれば、まことに堂などあり。人ありと見ゆる所へ寄りて、「まうれん小院やいまする」と言へば、「誰(た)そ」とて、出でて見れば、信濃なりしわが姉なり。「こは、いかにして尋ねいましたるぞ。思ひがけず」と言へば、ありつるありさまを語る。「さて、いかに寒くておはしつらん。『これを着せ奉らん』とて、持たりつる物なり」とて、引き出でたるをみれば、ふくたいといふ物を、なべてにも似ず太き糸して、厚々(あつあつ)と細かに強げにしたるを持て来たり。悦びて、取りて着たり。もとは紙衣(かみぎぬ)一重をぞ着たりける。さて、いと寒かりけるに、これを下に着たりければ、暖かにてよかりけり。 | ||
+ | |||
+ | さて、おほくの年ごろ行ひけり。さて、この姉の尼ぎみも、もとの国へ帰らず、とまり居て、そこに行ひてぞありける。 | ||
+ | |||
+ | さて、多くの年ごろ、このふくたいをのみ着て行ひければ、果てには破(や)れ破れと着なしてありけり。鉢に乗りて着たりし蔵をば、「飛蔵(とびくら)」とぞ言ひける。その蔵にぞ、ふくたいの破れなどは納めて、まだあんなり。その破れの端(はし)を、つゆばかりなど、おのづから縁に触れて得たる人は、守りにしけり。 | ||
+ | |||
+ | その蔵も、朽ち破れて、いまだあんなり。その木の端をつゆばかり得たる人は、守りにし、毘沙門を作り奉りて、持たる人は、必ず徳付かぬはなかりけり。されば、聞く人、縁を尋ねて、その倉の木の端をば買ひ取りける。 | ||
+ | |||
+ | さて、信貴とて、えもいはず験ある所にて、今に人々明け暮れ参る。この毘沙門は、まうれん聖の行ひ出だし奉りけるとか。 | ||
+ | |||
+ | ===== 翻刻 ===== | ||
+ | |||
+ | 今はむかし信濃国に法師有けりさる田舎にて法 | ||
+ | 師になりにけれはまた受戒もせていかて京にのほりて東大 | ||
+ | 寺といふ所にて受戒をせんと思てとかくしてのほりて受戒 | ||
+ | してけりさてもとの国へ帰らんと思けれともよしなしさる無仏 | ||
+ | 世界のやうなる所に帰らしここにゐなんとおもふ心付て東 | ||
+ | 大寺の仏の御前に候ていつくにか行してのとやかに住ぬへ/113オy229 | ||
+ | |||
+ | き所あるとよろつの所を見まはしけるに坤のかたにあたり | ||
+ | て山かすかにみゆそこらにおこなひてすまんと思て行て山 | ||
+ | の中にえもいはす行て過す程にすすろにちいさやかなる厨子 | ||
+ | 仏をおこなひいたしたり毘沙門にてそおはしましけるそこにちいさき | ||
+ | 堂をたててすへたてまつりてえもいはす行ひて年月をふる程に | ||
+ | 此山のふもとにいみしき下す徳人ありけりそこに聖の鉢は | ||
+ | つねに飛行つつ物は入てきけり大なるあせ倉のあるをあけ | ||
+ | て物とりいたす程に此鉢飛て例の物こひにきたりけるを例 | ||
+ | の鉢きにたりゆゆしくふくつけき鉢よとて取て倉のすみに | ||
+ | なけをきてとみに物もいれさりけれは鉢は待ゐたりける程に | ||
+ | 物ともしたためはてて此鉢をわすれて物もいれすとりもいたさて | ||
+ | 倉の戸をさして主帰ぬる程にとはかりありてこの蔵すすろに | ||
+ | ゆさゆさとゆるくいかにいかにと見さはく程にゆるきゆるきて土より/113ウy230 | ||
+ | |||
+ | 一尺斗ゆるきあかる時にこはいかなる事そとあやしかりて | ||
+ | さはくまことにまことにありつる鉢をわすれてとりいてすなり | ||
+ | ぬるそれかしわさにやなといふ程に此鉢蔵よりもりいてて | ||
+ | 此鉢に蔵のりてたたのほりに空さまに一二丈はかりのほる | ||
+ | さて飛行程に人々みののしりあさみさはきあひたり蔵 | ||
+ | のぬしもさらにすへきやうもなけれは此倉のいかん所をみんとて | ||
+ | 尻にたちてゆくそのわたりの人々もみなはしりけりさてみれ | ||
+ | はやうやう飛て河内国に此聖のおこのふ山の中に飛行て聖の | ||
+ | 坊のかたはしにとうとおちぬいととあさましく思てさりとてあるへ | ||
+ | きならねはこの蔵ぬし聖のもとによりて申やうかかるあさましき | ||
+ | 事なんさふらふ此鉢のつねにまうてくれは物入つつまいら | ||
+ | するをまきらはしく候つる程に倉にうちをきて忘てとりもいた | ||
+ | さてしやうをさして候けれはこの蔵たたゆるきにゆるきてここ/114オy231 | ||
+ | |||
+ | になん飛てまうてきておちて候此くら返し給候はんと申 | ||
+ | 時にまことにあやしき事なれと飛てきにけれは蔵はえ返し | ||
+ | とらせしここにか様のものもなきにおのつから物をもをかんによし | ||
+ | 中ならん物はさなからとれとの給へはぬしのいふやういかにしてかたち | ||
+ | まちにはこひとり返さん千石つみて候也といへはそれはいと | ||
+ | やすき事也たしかに我はこひてとらせんとて此鉢に一俵 | ||
+ | を入て飛すれは雁なとのつつきたるやうにのこりの俵ともつつ | ||
+ | きたりむらすすめなとのやうに飛つつきたるをみるにいととあさま | ||
+ | しくたうとけれはぬしのいふやうしはしみななつかはし候そ米二三 | ||
+ | 百はととめてつかはせ給へといへは聖あるましき事也それここに | ||
+ | をきてはなににかはせんといへはさらはたたつかはせ給斗十廿をも | ||
+ | たてまつらんといへはさまても入へき事のあらはこそとて主の | ||
+ | 家にたしかにみなおちゐにけりかやうにたうとく行てすくす/114ウy232 | ||
+ | |||
+ | 程に其比延喜御門をもくわつらはせ給てさまさまの御祈とも | ||
+ | 御修法御読経なとよろつにせらるれと更にえおこたらせ給 | ||
+ | はすある人の申やう河内の信貴と申所に此年来行て里へ出る | ||
+ | 事もせぬ聖候也それこそいみしくたうとくしるしありて鉢を | ||
+ | 飛しさてゐなからよろつありかたき事をし候なれそれを召 | ||
+ | て祈せさせ給ははおこたらせ給なんかしと申せはさらはとて蔵 | ||
+ | 人を御使にてめしにつかはすいきてみるに聖のさまことに貴く | ||
+ | めてたしかうかう宣旨にてめす也とくとくまいるへきよしいへは聖 | ||
+ | なにしにめすそとて更にうこきけもなけれはかうかう御悩大事 | ||
+ | におはします祈まいらせ給へといへはそれかまいらすともここ | ||
+ | なから祈まいらせ候はんといふさてはもしおこたらせおはしまし | ||
+ | たりともいかてか聖のしるしとはしるへきといへはそれはたかしる | ||
+ | しといふ事知らせ給はすともたた御心ちたにおこたらせ給/115オy233 | ||
+ | |||
+ | なはよく候なんといへは蔵人さるにてもいかてかあまたの御祈 | ||
+ | の中にもそのしるしとみえんこそよからめといふにさらはいのり | ||
+ | まいらせんに剣の護法をまいらせんおのつから御夢にもまほ | ||
+ | ろしにも御らんせはさとはしらせ給へ剣をあみつつきぬにきた | ||
+ | る護法なり我は更に京へはえいてしといへは勅使帰まいりて | ||
+ | かうかうと申程に三日といふひるつかたちとまとろませ給ふ | ||
+ | ともなきにきらきらとある物のみえけれはいかなる物にかとて御 | ||
+ | 覧すれはあの聖のいひけん剣の護法なりとおほしめすより | ||
+ | 御心ちさはさはとなりていささか心くるしき御事もなく例さまに | ||
+ | ならせ給ぬ人々悦て聖をたうとかりめてあひたり御門もか | ||
+ | きりなくたうとくおほしめして人をつかはして僧正僧都にやなる | ||
+ | へき又その寺に庄なとやよすへきと仰つかはす聖うけ給はりて | ||
+ | 僧都僧正更に候ましき事也又かかる所に庄なとよりぬれ/115ウy234 | ||
+ | |||
+ | は別当なにくれなといてきて中々むつかしく罪得かまし | ||
+ | く候たたかくて候はんとてやみにけりかかる程にこの聖の姉 | ||
+ | そ一人ありける此聖受戒せんとてのほりしまま見えぬかう | ||
+ | まて年比みえぬはいかになりぬるやらんおほつかなきにに尋 | ||
+ | てみんとてのほりて東大寺山階寺のわたりをまうれん | ||
+ | こいんといふ人やあると尋ぬれとしらすとのみいひてしりたる | ||
+ | といふ人なし尋わひていかにせんこれか行ゑききてこそ | ||
+ | 帰らめと思てその夜東大寺の大仏の御前にて此まうれんか | ||
+ | 所をしへさせ給へと夜一夜申てうちまとろみたる夢にこの | ||
+ | 仏仰らるるやうたつぬる僧のあり所はこれよりひつしさるのかたに | ||
+ | 山あり其山のくもたなひきたる所を行て尋よと仰らるると | ||
+ | みてさめけれは暁方に成にけりいつしかとく夜の明よかし | ||
+ | と思て見ゐたれはほのほのと明かたになりぬひつしさるのかたを/116オy235 | ||
+ | |||
+ | みやりたれは山かすかにみゆるに紫の雲たなひきたりうれしくて | ||
+ | そなたをさして行たれはまことに堂なとあり人ありとみゆる所へ | ||
+ | よりてまうれんこいんやいまするといへはたそとて出てみれは | ||
+ | 信濃なりしわか姉なりこはいかにして尋いましたるそ思かけす | ||
+ | といへはありつる有さまをかたるさていかにさむくておはし | ||
+ | つらんこれをきせたてまつらんとてもたりつる物也とて引出 | ||
+ | たるをみれはふくたいといふ物をなへてにも似すふときいとして | ||
+ | あつあつとこまかにつよけにしたるをもてきたり悦てとりてきたり | ||
+ | もとは紙きぬ一重をそきたりけるさていとさむかりけるに | ||
+ | これをしたにきたりけれはあたたかにてよかりけりさておほく | ||
+ | の年比おこなひけりさてこの姉の尼きみももとの国へ帰す | ||
+ | とまりゐてそこにおこなひてそありけるさておほくの年比 | ||
+ | 此ふくたいをのみきて行ひけれははてにはやれやれときなして/116ウy236 | ||
+ | |||
+ | ありけり鉢にのりてきたりし蔵をは飛くらとそいひける | ||
+ | その蔵にそふくたいのやれなとはおさめてまたあんなりその | ||
+ | やれのはしをつゆ斗なとをのつから縁にふれてえたる人は | ||
+ | まもりにしけりその蔵も朽ちやふれていまたあんなりその木 | ||
+ | のはしを露斗えたる人はまもりにし毘沙門を作たてまつ | ||
+ | りて持たる人はかならす徳つかぬはなかりけりされはきく人 | ||
+ | 縁を尋て其倉の木のはしをは買とりけるさて信貴 | ||
+ | とてえもいはす験ある所にて今に人々あけくれ参此毘沙 | ||
+ | 門はまうれん聖のおこなひいたしたてまつりけるとか/117オy237 | ||
- | かかる程に、この聖の姉ぞ一人ありける。「此聖「受戒せん」とて、のぼりしまま見えぬ。かうまで年比みえぬは、いかになりぬるやらん。おぼつかなきにに[に衍字カ]尋てみん」とて、のぼりて、東大寺、山階寺のわたりを「まうれんこいんといふ人やある」と、尋ぬれど、「しらず」と、のみいひて、「しりたる」といふ人なし。 | ||
- | 尋わびて「いかにせん。これが行ゑききてこそ、帰らめ」と、思て、その夜、東大寺の大仏の御前にて「此まうれんが所、をしへさせ給へ」と、夜一夜申て、うちまどろみたる夢に、この仏仰らるるやう「たづぬる僧のあり所は、これよりひつじさるの方に山あり。其山のくもたなびきたる所を行て尋よ」と、仰らるるとみて、さめければ、暁方に成にけり。 | ||
- | 「いつしかとく夜の明けかし」と、思て、見ゐたれば、ほのぼのと明がたになりぬ。ひつじさるのかたをみやりたれば、山かすかにみゆるに、紫の雲たなびきたり。 | ||
- | うれしくてそなたをさして行たれば、まことに堂などあり。人ありとみゆる所へよりて、「まうれんこいんやいまする」と、いへば、「たそ」とて、出てみれば、信濃なりしわが姉なり。「こはいかにして尋いましたるぞ。思がけず」と、いへば、ありつる有さまをかたる。 | ||
- | 「さて、いかにさむくておはしつらん。これをきせたてまつらん」とて、「もたりつる物也」とて、引出たるをみれば、ふくたいといふ物を、なべてにも似ず、ふときいとして、あつあつとこまかにつよげにしたるをもたきたり。悦て、とりてきたり。もとは紙きぬ一重をぞきたりける。さて、いとさむかりけるに、これをしたにきたりければ、あたたかにてよかりけり。 | ||
- | さて、おほくの年比おこなひけり。さて、この姉の尼ぎみももとの国へ帰ずとまりゐて、そこにおこなひてぞありける。 | ||
- | さて、おほくの年比、此ふくたいをのみきて、行ひければ、はてにはやれやれときなして、ありけり。鉢にのりてきたりし蔵をば「飛くら」とぞいひける。その蔵にぞ、ふくたいのやれなどはおさめてまだあんなり。そのやれのはしを、つゆ斗など、をのづから縁にふれてえたる人は、まもりにしけり。 | ||
- | その蔵も、朽ちやぶれて、いまだあんなり。その木のはしを露斗えたる人は、まもりにし、毘沙門を作たてまつりて、持たる人は、かならず徳つかぬはなかりけり。されば、きく人縁を尋て、其倉の木のはしをば買とりける。 | ||
- | さて、信貴とて、えもいはず験ある所にて、今に人々あけくれ参。此毘沙門は、まうれん聖のおこなひいだしたてまつりけるとか。 |
text/yomeiuji/uji101.txt · 最終更新: 2018/09/29 12:42 by Satoshi Nakagawa