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text:yomeiuji:uji092 [2014/10/06 22:16] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji092 [2018/08/11 12:24] (現在) Satoshi Nakagawa
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 **五色の鹿の事** **五色の鹿の事**
  
-これもいまはむかし、天竺に、身の色は五色にて、角の色は白き鹿、一ありけり。深き山にのみ住て、人にしられず。その山のほとりに大なる川あり。その山に、又、鳥あり。此かせぎを友として過す。+===== 校訂本文 =====
  
-ある時、の川に男一人なが既死んとす。「我を人たすけよ」とさけぶに、此かせぎ、こさけぶ声をききて、かなしみたへずして、川をおよぎよりて此男をたすけてけり。男、命ぬる事を悦て、手をすりて、鹿にむかひていはく、「何事をもちてか、この恩をむくひたてまつるべき」といふ。かせぎのいはく「何事をもちてか、恩をばむくはん。ただ、この山に我ありといふ事をゆめゆめ人にかたるべからず。我身の色、五色なり。人しりなば、『彼をとらん』とて必殺されなん。この事をおそるるによりて、かかる深山にかくれて、あへて人にられず。然を、汝がさけぶこゑをかしみて、身の行ゑを忘て、たすけつ」といふ時に、「これ誠にことはさらにもらす事あるまじ」返返契さりぬ+これも昔天竺に、色は五色にて、色は白き鹿(かせぎ)一つありり。深山にのみ住みて、人にられず。その山のほとりに大きなる川あ。その山に、また烏あり。この鹿を友過ぐす
  
-もとの里にかへりて、月日を送れども、更に人にかたらず。かか程に后、夢み給やう大なるかせぎあり。身は五色にて、角白し。夢覚て、大王申給はく、「かかる夢をなみつるこのかせぎ、さだめて世にあるらん。大王、かならず尋とりて、我にあたへ給へ」と申給に、大王、宣旨をくだして、もし五色のかぎ、尋てたてまつらん物には、金銀珠玉の宝並に、一国等たぶべし」と仰ふれらるるに、此たすけられたる男、内裏に参て申やう、「尋らるる色かせぎは国の深山にさらふ。あり所しれり。狩人を給はりて、取てまいらすべ」と申、大王、大に悦給て、みづからおほくの狩人ぐして、男をしるべにめし行幸な+に、男一人流れて、すでとす。「われ人助けよ」と叫ぶに、鹿聞きて、耐へずして、泳ぎ寄りて、この男を助けり。
  
-その深山に入給。此かせぎあへてしらず。洞内にふせり。かの友とす鳥、みて大におどろきて、こゑあげなき耳をくひてに、鹿おどろきぬ。からす告て云、「国の大王、おほくの狩人ぐして、此山とりまて、すでに殺さんし給。い逃べき方なし。いかがすべき」とみてななくさりぬ。かせぎおどろきて大王の御輿のもに歩よるに、狩人ども、をはげて射とす大王の給やう、「かせぎ、おそるる事なくしてきたれり。さだてやうあるら射事かれ」とその時狩どもはづし見るに御輿の前にひざまづきて申く、「我毛おそるるによりて、山にふかくすめり。しかるに大王いかにして我住所り給へるぞや」とに、大王の給、「此輿のそばにあるあざのある告申たるによりて来れる也」かせぎみる、かほにあざありて御輿ゐたり。我たすけたりし男なり+生きぬるこ悦びて、すりて、鹿に向ひていはく、「何ごともちこの恩報ひ奉るべ言ふ鹿のいはく、「何ごちてかば報はん。ただ、この山にわといふことを、ゆゆめ人に語べかわが身の色、五色。人、知りなば、『皮取らん』とて、必ず殺れなん。こことるるによりて、かかる深山に隠れて、あへて人に知られず。しかるなんぢが叫ぶ声みて、身の行方(ゆく)を忘れて、助けつなり」と言ふ時に、、「これまことことわりなり。さらにもらすことあるまじ」とかへすがへす契りてさりぬもとの里りて、月日を送れども、さら人に語らず
  
-せぎ、向ていふやう、「命を助たし時此恩、何にても報じつくしがたきよし、いひかば、こあるよしかたるばからざるよ、返返契し処也。然其恩殺させ奉らんとす。いか水におぼれて死とせし時我命を顧ずをよぎよりて助し時汝かぎなく悦し事は、おぼえずや」とかく恨たる気色にて、たれてな+かかるほど、国の后、夢に見給ふやう、大なる鹿あり、身は五色にて角白。夢覚めて大王に申給はく「かかる夢をなん見つる。の鹿、さだめて世にあるらん。大王必ず尋ね捕りて、われ与へ給へ」と申給ふに、大王、宣旨下して、「もし、五色の鹿、尋ねて奉らんは、金・銀・珠玉の宝、ならびに一国等を賜ぶべし」ふれらるるにこの助けられたる男内裏に参りて申すやう「尋ねらるる色の鹿は、その国の深山にさぶらふ。あ所を知れり。狩人を賜りて取りて参らすべし」と申すに、大王、大きに悦び給ひて、みづら多の狩人を具して、この男しるべに召し具し、行幸りぬ
  
-其時大王同じく泪をながしてのたまはく「汝は畜生なども慈悲たすく。彼男は、欲にふけりて、忘た。畜生ふべし。恩をしるをもて人倫とす」とて、此男をとらへて、鹿のる前にてくびをきらせらる+その深山入り給ふ。この鹿あへ知らず。洞(ほら)内に臥せり。かの友とする烏を見て大きに驚きて、声(こゑ)あげ鳴き、耳食ひて引に、鹿おどろきぬ烏、告げてい「国の大王、多くの狩人を具して、この山巻きて、すでに殺さんし給。今は逃ぐき方(かた)なし。いかがべき」とみて、泣泣く去りぬ
  
-のたまはく、「今より後、国の中にかせぎを殺なかれ。もし、宣旨をそむきて、鹿の一頭にても殺すあらば、死罪に行はるべし」とて、帰給ぬ。+鹿、驚きて、大王の御輿のもとに歩み寄るに、狩人ども、矢をはげて射んとす。大王のたまふやう、「鹿、恐るることなくして来たれり。さだめてやうあるらん。射ることなかれ」と。その時、狩人ども、矢をはづして見るに、御輿の前にひざまづきて申さく、「われ、毛の色を恐るるによりて、この山に深く隠すめり。しかるに、大王、いかにしてわが住み所をば知り給へるぞや」と申すに、大王のたまふ、「この輿のそばにある、顔に痣(あざ)のある男、告げ申したるによりて来れるなり」。鹿、見るに、顔に痣ありて、御輿の傍らに居たり。わが助けたりし男なり。 
 + 
 +鹿、かれに向ひて言ふやう、「命を助けたりし時、この恩、何にても報じ尽しがたきよし言ひしかば、ここにわれあるよし、人にかたるべからざるよし、かへすがへす契りしところなり。しかるに、今、その恩を忘れて、殺させ奉らんとす。いかになんぢ、水に溺れて死なんとせし時、わが命をかへりみず、泳ぎ寄りて助けし時、なんぢ、かぎりなく悦びしことは覚えずや」と、深く恨みたる気色にて、涙を垂れて泣く。 
 + 
 +その時に、大王、同じく涙を流してのたまはく、「なんぢは畜生なれども、慈悲をもて人を助く。かの男は、欲にふけりて、恩を忘れたり。畜生といふべし。恩を知るをもて、人倫とす」とて、この男を捕へて、鹿の見る前にて、首を切らせらる。 
 + 
 +またのたまはく、「今より後、国の中に鹿を殺すことなかれ。もし、この宣旨をきて、鹿の一頭にても殺すあらば、すみやかに死罪に行はるべし」とて、帰給ぬ。 
 + 
 +その後より、天下安全に、国土豊かなりけりとぞ。 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  これもむかし天竺に身の色は五色にて角の色は白き鹿一 
 +  ありけり深き山にのみ住て人にしられすその山のほとりに 
 +  大なる川ありその山に又烏あり此かせきを友として過す 
 +  ある時この川に男一人なかれて既死んとす我を人たすけ 
 +  よとさけふに此かせきこのさけふ声をききてかなしみにたへ 
 +  すして川をおよきよりて此男をたすけてけり男命の 
 +  いきぬる事を悦て手をすりて鹿にむかひていはく何事を 
 +  もちてかこの恩をむくひたてまつるへきといふかせきのいはく何 
 +  事をもちてか恩をはむくはんたたこの山に我ありといふ事を 
 +  ゆめゆめ人にかたるへからす我身の色五色なり人しりなは皮をと 
 +  らんとて必殺されなんこの事をおそるるによりてかかる深山に/99ウy202 
 + 
 +  かくれてあへて人にしられす然を汝かさけふこゑをかなしみて 
 +  身の行ゑを忘てたすけつるなりといふ時に男これ誠に 
 +  ことはり也さらにもらす事あるましと返返契てさりぬもとの 
 +  里にかへりて月日を送れとも更に人にかたらすかかる程に 
 +  国の后夢にみ給やう大なるかせきあり身は五色にて角白し 
 +  夢覚て大王に申給はくかかる夢をなんみつるこのかせきさた 
 +  めて世にあるらん大王かならす尋とりて我にあたへ給へと申 
 +  給に大王宣旨を下してもし五色のかせき尋てたてまつらん物 
 +  には金銀珠玉の宝並に一国等をたふへしと仰ふれらるるに 
 +  此たすけられたる男内裏に参て申やう尋らるる色のかせき 
 +  はその国の深山にさふらふあり所をしれり狩人を給はりて取てま 
 +  いらすへしと申に大王大に悦給てみつからおほくの狩人をくして此 
 +  男をしるへにめしくして行幸なりぬその深山に入給此かせき/100オy203 
 + 
 +  あへてしらす洞の内にふせりかの友とする烏これをみて大に 
 +  おとろきてこゑをあけてなき耳をくひてひくに鹿おとろきぬ 
 +  からす告て云国の大王おほくの狩人をくして此山をとりまき 
 +  てすてに殺さんとし給いまは逃へき方なしいかかすへきとみて 
 +  なくなくさりぬかせきおとろきて大王の御輿のもとに歩よるに 
 +  狩人ともやをはけて射んとす大王の給やうかせきおそるる事 
 +  なくしてきたれりさためてやうあるらん射事なかれとその時狩人 
 +  とも矢をはつして見るに御輿の前にひさまつきて申さく 
 +  我毛の色をおそるるによりて此山にふかく隠すめりしかるに 
 +  大王いかにして我住所をはしり給へるそやと申に大王の給此輿の 
 +  そはにある顔にあさのある男告申たるによりて来れる也 
 +  かせきみるにかほにあさありて御輿傍にゐたり我たすけたりし 
 +  男なりかせきかれに向ていふやう命を助たりし時此恩何にても/100ウy204 
 + 
 +  報しつくしかたきよしいひしかはここに我あるよし人に 
 +  かたるへからさるよし返返契し処也然に今其恩を忘て 
 +  殺させ奉らんとすいかに汝水におほれて死なんとせし時我 
 +  命を顧すをよきよりて助し時汝かきりなく悦し事はおほ 
 +  えすやとふかく恨たる気色にて泪をたれてなく其時に大王 
 +  同しく泪をなかしてのたまはく汝は畜生なれとも慈悲をもて 
 +  人をたすく彼男は欲にふけりて恩を忘たり畜生といふへし 
 +  恩をしるをもて人倫とすとて此男をとらへて鹿のみる前 
 +  にてくひをきらせらる又のたまはく今より後国の中にかせきを 
 +  殺事なかれもし此宣旨をそむきて鹿の一頭にても殺す物 
 +  あらは速に死罪に行はるへしとて帰給ぬ其後より天下安 
 +  全に国土ゆたかなりけりとそ/101オy205
  
-其後より、天下安全に国土ゆたかなりけりとぞ。 
text/yomeiuji/uji092.txt · 最終更新: 2018/08/11 12:24 by Satoshi Nakagawa