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text:yomeiuji:uji077

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text:yomeiuji:uji077 [2014/04/10 00:01] – 作成 Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji077 [2025/05/08 16:19] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
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 +宇治拾遺物語
 ====== 第77話(巻5・第8話)実子に非ざる人、実子の由たる事 ====== ====== 第77話(巻5・第8話)実子に非ざる人、実子の由たる事 ======
  
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 **実子に非ざる人、実子の由たる事** **実子に非ざる人、実子の由たる事**
  
-これも今は昔、その人の一定子ともきこえぬ人有けり。世の人は、そのよしをしりて、おこがましく思けり。+===== 校訂本文 =====
  
-そのててときこゆる人、失にける後、その人のもとに、年比ありける侍の妻にぐして田舎へいにけり。そのめうせにければ、すべきやうもなく成て、京へのぼりにけり。よろづあるべきやうもなくて、たよりなかりけるに、「此子といふ人こそ、一定のよしいひて、親の家にゐたなれ」とききて、この侍まいりたりけり。「故殿に年ごろさぶらひし、なにがしと申ものこそ、まいりて候へ。御見参にいりたがり候」といへば、この子「さる事ありとおぼゆ。しばしさぶらへ。御対面あらんずるぞ」といひ出したりければ、侍、「しおほせつ」と思て、ねぶりゐたる程に、ちかうめしつかふ侍いできて、「御でいへまいらせ給へ」と云ければ、悦て、まいりにけり。+[[uji076|<<PREV]] [[index.html|『宇治拾遺物語』TOP]] [[uji078_1|NEXT>>]]
  
-の召次しつる侍、「しばし候せ給へ」といひてあなたへゆきぬ。見まはせば、御ていさま、ことのおはしましししつらひに露かはらず。みさうじなどは「すこしふりたる程に」とみるほどに、中のさじをひきあぐればみげたるに、の子となのる人あゆみ出たり。これをうちみるままに此としごろ侍、さくりもよになく。袖もあへぬほどなり。+れも今の、一定(いちぢやう)も聞えぬ人ありけり。世の人はのよしを知て、をこがましく思ひけり。
  
-あるじ「いかにかくは泣ならん」と思、ついゐ、「などかくなくぞ」と問れば「故殿おはしまししに、たがはせおはしまさぬが、はれにおぼえて」といふ。「さればこそ、我も故殿には、たがはぬやうにおぼゆを、此人々『あらぬ』などいふなるあさまき事」と思、此なく侍いふやう、「おれこそ事のほかに老にけれ。世中はいかやうにてすぐるぞ。我はまだおさなくて、母のもとこそあしかば故殿のやうよく覚ぬなり。をのれをこそ、故殿と憑であるべかりけれ。何事も申せ。又、ひとへたのみてあらんずるぞ。まづ当時さむげなり。このきぬきよ」て、綿くよかなるきぬ一ぬぎてたびて「いまはさうし。こへまいるべき也」といふ。この侍、しおふせてゐたり。+父(てて)聞こゆる人失せにる後人のもとに、年ごろりけの、妻に具して田舎へ往(い)けり。そ妻(め)失せにければ、すべきやうなくなりて、京へ上り。よろづ、あるべきやうもなくて、頼かりけに、この人こそ一定のよし言ひ、親の家に居たなれ」と聞きて、この侍、参りりけり。
  
-昨日、けふのものの、かくいはんだにあり、いはんや、ことの年ごろの物のかくいへば、家主えみて、「此おのこの、年来ずちなくてありけん、不便の事なり」て、うろみめいでて「これは故殿のいくし給しものな。まづかく京に旅だちたるにこそ。はからひて、たしやれ」といへばひげなるこゑにて「む」とて立ぬ。この侍は「そごと」といふ事をぞ仏に申きりてけ+「故殿(ことの)に年ごろさぶらひしなにがしと申す者こそ、まりて候へ。御見参に入りたがり候ふ」と言へば、この「さる事ありと思ゆ。し、さぶらへ。御対面あらんずるぞ」言ひ出だければ侍、「しおほせつ」と思ひて、眠(ねぶ)り居るほどに、近う召使ふ侍出でき御出居(おんで)らせ給へ」と言ひければ悦び、参りに
  
-さて、このじ、我を不定げにいふなる人々よびて、「このに事の次第はせてきかせん」とて、うしろみめしいでて、「さてこれへ人々わらんといはるるに、さるやうに引つくろひてもてなすさじかぬやうにせよ」といひければ、「む」申てまにさたしまうけたり。+この召し次ぎしつる侍、「しばし候はせ給へ」と言ひて、あへ行きぬ。見回せば御出居の故殿のおはしましししつひに、つゆ変らず。「御障子(みさじ)などは、少し古(ふ)りたるほど」と見るほどに、中の障子を引き開くれば、見上げたるにこの子と名乗る人、歩(あゆ)み出でたり。これをうち見るままに、この年ごろの侍、くりもよよに泣く。袖も絞りあへぬほどなり。
  
-此とくい人々、四五人ばかりきあつまりにけり。あるじ、つねよりもひきつて出合て、御酒、たびたびまいふやう、「我おやもとに、年比おいちたる物候をや御らんずべからん」といへば、此あつまりたる人々、心ちよげにかほさきかめあひて、「もともめしいださるべ候。故殿似けるもかつあはに候」といへば「人る。なにがしまいいへば、ひとたちてめすり。みれば鬢はげたり。おのこの六十余斗なるが、まみの程など、らごとすべうもなきがうちたるしろきかりぎぬに、のきぬのさるほどなる、きたりたればりたぼゆめしいだされて事うるはく扇を笏にとり、うずくまりゐたり。+主(あるじ)「いかにかは泣くならん」と思ひて、て、「とは、などかく泣くぞ」と問ひければ、「故殿おはしまししに、たがはせおはしまさぬがあはれに思えて」と言ふ。「されこそ、われも故殿には、たがはぬやうに思ゆを、この人々らぬ』など言ふなる、さましきこと」と思ひて、この泣言ふやう「おのこそ、このほかに老にけれ。世の中はいかうにて過ぐはまだ幼くて、母のもにこそありしかば、故殿のあやう、よくも覚えぬなり。おのれをこそ、故殿と憑(の)みてあかりけれ。何事も申せ。また、ひとへ頼みてあらんずるぞ。まづ当時、寒(さむ)げな。こ衣(きぬ)着よ」とて、綿ふくよかなる衣一つ脱ぎて賜びて「いまさうなし。これへ参べきなり」言ふこの侍、しおほせたり。
  
-家主のいふやう「やや、ここててのかみよりれは老たたる物ぞかし」どいへば「む」いふ。「みえにたるか。いかに」といへば此侍いふやう「その事に候。故殿には十三よりまいりて候五十でよるひなれまいせ候はず。こ殿の「小冠者小冠者」とめし候き。無下に候し時も御あとふせさせおはしまして、夜中、暁、大つぼまいらせなどし候しは、わびしうたへがたくおぼえ候しが、をくれまいらせて後は、などさおぼえ候けんと、くやうさぶらふな」と、いふ+昨日・今日者のかく言はんだにあり。はんや、故殿年ごろのかく言へば、家主、笑「この男(をのこ)、年ごろ、ずちなくてありけん不便のこなり」と後見(しろみ)召し出でて、これは、故殿とほしくし給ひし者なり。まづ、かく京に旅立ちたにこそ。思ひはひて沙汰(さた)しやれ」と言へばひげなる声にて、「む」といらへて立ちぬは、「そごとじ」いふことをぞ仏に申てける
  
-あるじのふやう「、ひとひ、をよたりしおり、、障子を引あげて出たりしおり、うちみあげて、ほろほろと泣しは、いかなりしぞ」とふ。その時、侍がふやう、「それも別のにさぶらはず。ゐ中にさぶらひて、故殿せ給にきと、うけ給て、『いま一まいりて心ありさまをにもおみ候はんと思て恐恐まいり候しさうなく御ていへめし入させおはしまして候し大方かたけなく候しに御障子引あけさ給候しをきと見あまいらせて候しに御ゑうしのまくろにてさしいさせおはしまして候しが、故殿のかくのとく出させおはしましたりしも御烏帽子はまくろにみえさせおはしまし候が、思いられおはしまして涙のこれさらひしなりといふに此あつまりたる人々もえみをふくみたり+さて、この主(あるじ)、われを不定げに言ふなる人々呼びて、「こ侍に、ことの次第、言はせて聞かせん」とて、後見召し出でて、「明後日(あさて)、これへ人々渡らんと言はるるに、さるやうに引きつくろひて、もてなし、すさまじからぬやうにせよ」と言ひければ、「む」と申して、さまざまに沙汰しまうけたり。 
 + 
 +この得意の人々、四・五人ばかり来集まりにけり。主(あるじ)、常よりもひきつくろひて、出で合ひて、御酒、たびたび参りて後、言ふやうわが親のもとに年ごろ生たちたる者候ふをや、御覧ずべからん」言へば、この集まりたる人々、心地よげに顔さき赤めあ「もとも召し出ださるべく候ふ。故殿に似けるも、かつあはれに候ふ」と言へば、「人やある。なにがし参れ」と言へば、一人立ちて召すなり。見れば、鬢はげたり。男(のこ)の六十余ばかりなるが、まみのほどなど、そらごとすべうもなきが、打ちたる白き狩衣に、練色(ねりいろ)の衣きぬのさるほどなる着たり。これは賜はりたる衣と思ゆ。召し出だされて、ことうるはしく、扇を笏にとりて、うづくまり居たり。 
 + 
 +家主の言ふやう「やや、ここの父(てて)のそのかみり、おのれは老いちたる者ぞかし」など言へば、「む」と言ふ。「見えにたるか。いかに」と言へば、この侍、言ふやう、「そのことに候ふ。故殿には十三よ参りて候ふ。五十まで、夜昼(よるひる)離れ参らせ候はず。故殿の『小冠者、小冠者』と召候ひき。無下に候ひし時も、御あとに臥せさせはしまして、夜中、暁、大つぼ参らせなどし候ひし。その時は、わびしう、たへがたく思え候ひしが、おくれ参らせて後は、など、さ思え候ひけんと、くやしう候(さぶら)ふな」と言ふ。 
 + 
 +主の言ふやう「そもそも、一日(ひとひ)、なんぢを呼び入れたりし折、われ、障子を引き開けて出たりし、うち見上げて、ほろほろと泣しは、いかなりしことぞ」とふ。その時、侍がふやう、「それも別のこと候(さぶら)はず。田舎候(さぶら)ひて、故殿せ給にき承はりて『今一度参りて、心ありさまをだにも、拝み候はん』と思ひて、恐れ恐れ参り候ひし。さなく御出居へ召し入れさせおはしまして候ひし。おほかた、かたじなく候ひしに、御障子を引き開けさせひ候ひしを、きと見上げ参らせ候ひしに御烏帽子(ゑぼうし)の真黒(まくろ)にて、まづさし出でさせおはしまして候ひしが、故殿のかくのごとく出でさせおはしましたりしも、御烏帽子は真黒に見えさせおはしまし候ふが、思ひ出でられおはしまして、思えず、涙のこぼれ候ひしなり」と言ふに、この集まりたる人々も、笑みを含みたり。 
 + 
 +また、この主も、気色変りて、「さてまた、いづくか故殿には似たる」と言ひければ、この侍、「そのほかは、おほかた似させおはしましたる所、おはしまさず」と言ひければ、人々ほお笑みて、一人、二人づつこそ逃げ失せにけれ。 
 + 
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 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  これも今は昔その人の一定子ともきこえぬ人有けり世の人 
 +  はそのよしをしりておこかましく思けりそのててときこゆ 
 +  る人失にける後その人のもとに年比ありける侍の妻にく 
 +  して田舎へにけりそのめうせにけれはすへきやうもなく成 
 +  て京へのほりにけりよろつあるへきやうもなくてたよりなかり 
 +  けるに此子といふ人こそ一定のよしいひて親の家にゐたなれ 
 +  とききてこの侍いりたりけり故殿に年ころさふらひし 
 +  なにかしと申ものこそまいりて候へ御見参に入たかり候と 
 +  いへはこの子さる事ありとおほゆしはしさふらへ御対面あらん 
 +  するそといひ出したりけれは侍しおほせつと思てねふりゐたる/79オy161 
 + 
 +  程にちかうめしつかふ侍いてきて御ていへまいらせ給へと云け 
 +  れは悦てまいりにけりこの召次しつる侍しはし候はせ給へとい 
 +  ひてあなたへゆきぬ見まはせは御ていのさまことののおはしま 
 +  しししつらひに露かはらすみさうしなとはすこしふりたる程に 
 +  やとみるほとに中のさうしをひきあくれはきとみあけたるに 
 +  この子となのる人あゆみ出たりこれをうちみるままに 
 +  此としころの侍さくりもよよになく袖もしほりあへぬほとなり 
 +  このあるしいかにかくは泣ならんと思てついゐてとはなとかく 
 +  なくそと問けれは故殿のおはしまししにたかはせおはしま 
 +  さぬかあはれにおほえてといふされはこそ我も故殿にはた 
 +  かはぬやうにおほゆるを此人々のあらぬなといふなるあさまし 
 +  き事と思て此なく侍にいふやうおのれこそ事のほかに老に 
 +  けれ世中はいかやうにてすくるそ我はまたおさなくて母のもとに/79ウy162 
 + 
 +  こそありしかは故殿のありやうよくも覚ぬなりをのれをこそ 
 +  故殿と憑てあるへかりけれ何事も申せ又ひとへにたのみて 
 +  あらんするそまつ当時さむけなりこのきぬきよとて綿 
 +  ふくよかなるきぬぬきてたひていまはさうなしこれへまいる 
 +  へき也といふこの侍しおふせてゐた昨日けふのもののかく 
 +  いはんたにありいはんやことのの年ころの物のかくいへは家主 
 +  えみ此おのこの年来すちなくてありけん不便の事 
 +  なりとてうしろみめしいててこれは故殿のいとおしくし給し 
 +  ものなりまつかく京に旅たちたるにこそ思はからひてさたしやれ 
 +  といへはひけなるこゑにてむといらへて立ぬこの侍はそらことせし 
 +  といふ事をそ仏に申きりてけるさてこのあるし我を不定 
 +  けにいふなる人々よひてこの侍に事の次第いはせてきかせん 
 +  とてうしろみめしいててあさてこれへ人々わたらんといはるるに/80オy163 
 + 
 +  さるやうに引つくろひてもてなしすさましからぬやうにせよと 
 +  いひけれはむと申てさまさまにさたしまうけたり此とくいの人々 
 +  四五人はかりきあつまりにけりあるしつねよりもひきつく 
 +  ろひて出合て御酒たひたひまいりて後いふやう我おやのもと 
 +  に年比おいたちたる物候をや御らんすへからんといへは此あつまり 
 +  たる人々ちよけにかほさきかめあひてもともめしいた 
 +  さるへく候故殿に似けるもかつあはれに候といへは人やあるなに 
 +  かしまいれといへはひとたちてめすなりみれは鬢はけたり 
 +  おのこの六十余斗なるかまみの程なとそらことすへうもなき 
 +  かうちたるしろきかりきぬにねり色のきぬのるほとなるきたり 
 +  これは給はりたる衣とおほゆめしいたされて事うるはしく 
 +  扇を笏にとりてうすくりゐたり家主のいふやうややここの 
 +  ててのそのかみよりおのれは老たちたる物そかしなといへはむと/80ウy164 
 + 
 +  いふみえにたるかいかにといへは此侍いふやうその事に候故殿には 
 +  十三よりまいりて候五十まてよるひるはなれまいらせ候はす 
 +  こ殿の小冠者小冠者とめし候き無下に候し時も御あとにふ 
 +  せさせおはしまして夜中暁大つほまいらせなとし候しその 
 +  時はわひしうたへかたくおほえ候しかくれまいらせて後 
 +  はなとさおほえ候けんとくやしうさふらふなりといふあるしの 
 +  いふやう抑ひとひ汝をよひ入たりしおり我障子を引あけて 
 +  出たりしおりうちみあけてほろほろと泣しはいかなりし事そ 
 +  といふその時侍かいふやうそれも別の事にさふらはすゐ中にさふ 
 +  らひて故殿うせ給にきとうけ給ていま一とまいりて心あり 
 +  さまをたにもおみ候はんと思て恐恐まいり候しさうなく御 
 +  ていへめし入させおはしまして候し大方かたけなく候しに御障 
 +  引あけさ給候しをきと見あまいらせて候しに御ゑ/81オy165 
 + 
 +  しのまくろにてまさしいさせおはしまして候し故殿のかくの 
 +  ことく出させおはしましたりしも御烏帽子はまくろにみえ 
 +  させおはしまし候思いられおはしましてお涙の 
 +  れさらひしなりといふに此あつまりたる人々もえみをふく 
 +  みたり又此あるしも気色かはりてさて又いつくか故殿には 
 +  似たるといひけれは此侍そのほかは大かた似させおはしまし 
 +  たる所おはしまさすといひけれは人々ほをえみてひとり 
 +  ふたりつつこそ逃失にけれ/81ウy166
  
-又、此あるじも気色かはりて「さて、又、いづくか故殿には似たる」といひければ、此侍「そのほかは、大かた似させおはしましたる所、おはしまさず」といひければ、人々ほをえみて、ひとりふたりづつこそ、逃失にけれ。 
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