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text:yomeiuji:uji059

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text:yomeiuji:uji059 [2014/04/09 14:38] – 作成 Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji059 [2025/05/06 21:48] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
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-====== 第59話(巻4・第7話)三の入道、遁世の間の事 ======+宇治拾遺物語 
 +====== 第59話(巻4・第7話)三の入道、遁世の間の事 ======
  
 **三川入道遁世之間事** **三川入道遁世之間事**
  
-**三の入道、遁世の間の事**+**三の入道、遁世の間の事**
  
-参河入道、いまだ俗にてありけるおり、もとの妻をばさりつつ、わかくかたちよき女に思つきて、それを妻にて三川へいてくだりけるほどに、その女ひさしくわづらひて、よかりけるかたちもおとろへてうせにけるを、かなしさのあまりにとかくもせで、よるもひるもかたらひふして口をすいたりけるに、あさましき香のくちより出きたりけるにぞ、うとむ心いできてなくなくはふりてける。+===== 校訂本文 =====
  
-それより「世はうきにこそありけれ」とおもひなりけるに、三川国に風祭といふ事をしけるに、いけにゑといふ事に、猪をいけながらおろしけるをみて、「この国のきなん」とおもふ心付てけり。+[[uji058|<<PREV]] [[index.html|『宇治拾遺語』TOP]] [[uji060|NEXT>>]]
  
-雉を生ながらとらへて、人のい((底本「ゝ」))できたりける「いざ、こ雉いけながらつくりてくはん。今すこしあぢはひやよきと心みん」といば、いかでか心いらんと思た郎等の、おぼえぬが「いみじく侍なん。いかでかあぢはひぬやうはあらん」などはやしいけり。すこものの心しりたりけるものはあさましき事をもいふ」など思けり。+三河入道((寂照・寂昭・大江定基))、いまだ俗にてありけるもと妻をば去りつ、若よき女に思付きて、そを妻て三河へ率(ゐ)て下りけほどに、そ久しくわづらひて、良かりける形衰へて、失せにけるを、かなしさのあまりに、とかくもせで、夜も昼も語らひて、口を吸ひたりける、あさましき香の口より出で来たりるにぞ、うとむ心出で来て、泣く泣く葬(はふ)てける
  
-かくて、前ていけながら毛をむしらせればしばしはたふたするをさへて、ただむむしりれば鳥の目より血の涙をたれて、目をしばたたきて、これかれにみあはせけるをて、えたへずして立てく物もありけり。「これがかく鳴こ」と興じわらひ、いとどなさなげにむしるものもあり。+それより「世は憂きものこそありれ」と思ひるに三河国に風祭といとをしける、生贄(いにへ)といふことに生けながらおろしけるをて、「この国退()きなん」思ふ心付きてけり。
  
-むしりはてておろさせれば、刀にしたつぶつぶといできけるを、のごひのごひおろしれば、あさましくたへたげなるこゑをいだし、死てければおろしてて、「いりやきなどして、心み」とて、人に心みさせければ、「ことの外にり。死たるをろして、りやきしたるには、これはまさりたり」などひけるを、つくづくとみききて、涙をながて声をてておめきけるましなどけるものども、したくたがひにけり。+雉を生ら捕へ、人来たりけるを((底本「人のゝてたりけるを」。諸本により訂正。))「いざ、こ雉、生ら作りん。今少し、心み」と言ひければ、いかでか心に入らん思ひたる郎等、ものも思えぬが、「いみじく侍りなん。いかでか味まさらぬやうはあらん」など、はやし言ひけり。少物の心知りけるものは「あさましきことをも言ふ」などひけり。
  
-て、やがその日国府いでて京にのぼりて、法師になりにけり。道心のおこりければ、よく心めんとて、か希有の事をしてける+かくて、前にて、生けながら毛むしらせければ、しばしはふたふたとするを押さへて、ただむしりにむしりければ、鳥の目り血の涙をたて、目をしばたたきて、これれに見合はせけるを見て、え耐へずして、立ちて退(の)く者もありり。「これがかく鳴こと」と興じ笑ひて、いとど情けなげにむし者もあり
  
-乞食といふ事しけに、ある家に食物えもいはずして、畳をしきて物をくはせければ、此たたみくはんとほどに、簾を巻上たりける内にくしやうぞ女のゐたるをみればさりしふるき妻なりけり。+り果てて、おろさせれば、刀従ひて、血のつぶつぶと出で来けるを、のごひのごひおろしければ、あさましく、耐へがたげな声を出だして、果てければ、おろ果てて、「煎り焼などし、心みよ」とて、人に心みさせければ、「ことのほか侍りけり。死にたるおろし、煎り焼きるにこれはまさりたり」など言ひけるづくと見聞きて、涙を流て、声を立ててをめに、「うまし」など言ひる者ども支度(したく)たにけり。
  
-「あのかた、かくてあらんをみんとおもひしぞ」といひて見合たりけるをかしともくるしとも思たるけしきもなくて、「あなたうとといひて物よくうちくひて帰にけりありたき心也かし+さて、やがてその日、国府を出でて、京に上りて、法師になりにけり。道心の発(おこ)りければ、「よく心を固めん」とて、かかる希有のことをして見けるなり。 
 + 
 +乞食といふことしけるに、ある家に、食物えもいはずして、庭に畳を敷きて、物を食はせければ、この畳に居て、食はんとしけるほどに、簾を巻き上げたりける内に、よくしやうぞきたる女の居たるを見ければ、わが去りにし古き妻なりけり。 
 + 
 +「あのかた、かくてあらんを見んと思ひしぞ」と言ひて、見合ひたりけるを、「恥かし」とも、「苦し」とも思ひたる気色もなくて、「あな、貴(たうと)」と言ひて、物よくうち食ひて帰りにけり。 
 + 
 +ありがたき心なりかし。道心を固く発してければ、さることに合ひたるも、苦しとも思はざりけるなり。 
 + 
 +[[uji058|<<PREV]] [[index.html|『宇治拾遺物語』TOP]] [[uji060|NEXT>>]] 
 + 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  参河入道いまた俗にてありけるおりもとの妻をはさりつつ 
 +  わかくかたちよき女に思つきてそれを妻にて三川へいて 
 +  くたりけるほとにその女ひさしくわつらひてよかりけるかたちもおとろへ 
 +  てうせにけるをかなしさのあまりにとかくもせてよるもひるも 
 +  かたらひふして口をすいたりけるにあさましき香のくちより出き 
 +  たりけるにそうとむ心いてきてなくなくはふりてけるそれより世 
 +  はうき物にこそありけれとおもひなりけるに三川国に風祭といふ 
 +  事をしけるにいけにゑといふ事に猪をいけなからおろしける 
 +  をみてこの国のきなんとおもふ心付てけり雉を生なから 
 +  とらへて人ののてきたりけるをいさこの雉いけなからつくりて/68オy139 
 + 
 +  くはん今すこしあちはやよきと心みんといひけれはいかてか 
 +  心にいらんと思たる郎等の物もおほえぬかいみく侍なんいかてか 
 +  あちはひまさらぬやうはあらんなとはやしいひけりすこしものの 
 +  心しりたりけるものはあさましき事をもいふなと思けりかくて前 
 +  にていけなから毛をむしらせけれはしはしはふたふたとするををさへて 
 +  たたむしりにむしりけれは鳥の目より血の涙をたれて目を 
 +  しはたたきてこれかれにみあはせけるをみてえたへすして 
 +  立てのく物もありけりこれかかく鳴ことと興しわらひていとと 
 +  なさけなけにむしるものもありむしりはてておろさせけれは 
 +  刀にしたかひて血のつふつふといてきけるをのこひのこひおろしけれは 
 +  あさましくたへかたけなるこゑをいたして死はてけれはおろし 
 +  はてていりやきなとして心みよとて人に心みさせけれはことの 
 +  外に侍けり死たるをろしていりやきしたるにはこれはまさりたり/68ウy140 
 + 
 +  なといひけるをつくつくとみききて涙をなかして声をたてて 
 +  おめきけるにうましなといひけるものともしたくたかひにけり 
 +  さてやかてその日国府をいてて京にのほりて法師になりに 
 +  けり道心のおこりけれはよく心をかためんとてかかる希有の 
 +  事をしてみける也乞食といふ事しけるにある家に食物えも 
 +  いはすして庭に畳をしきて物をくはせけれは此たたみにゐて 
 +  くはんとしけるほとに簾を巻上たりける内によくしやうそ 
 +  きたる女のゐたるをみけれはわかさりにしふるき妻なりけ 
 +  りあのかたいかくてあらんをみんとおもひしそといひて見合 
 +  たりけるをはかしともくるしとも思たるけしきもなくてあな 
 +  たうとといひて物よくうちくひて帰にけりありたき心也 
 +  かし道心をかたくおこしてけれはさる事にあひたるもくるし 
 +  ともおもはさりけるなり/69オy141
  
-道心をかたくおこしてければ、さる事にあひたるも、くるしともおもはざりけるなり。 
text/yomeiuji/uji059.1397021918.txt.gz · 最終更新: by Satoshi Nakagawa