text:yomeiuji:uji056
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text:yomeiuji:uji056 [2014/09/30 19:07] – Satoshi Nakagawa | text:yomeiuji:uji056 [2018/03/08 21:24] (現在) – [第56話(巻4・第4話)妹背島の事] Satoshi Nakagawa | ||
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**妹背島の事** | **妹背島の事** | ||
- | 土佐国はたの郡にすむ下種ありけり。をのが国にあらで、こと国に田を作けるが、をのがすむ国に、苗代をして、植べき程になりければ、その苗を舟に入て、うへん人どもにくはすべき物よりはじめて、鍋・釜・鋤・鍬・からすきなどいふ物にいたるまで、家の具を舟にとりつみて、十一、二ばかりなるをのこご、をんなこ二人の子を舟のまもりめにのせをきて、父母は「うへんといふ物、やとはん」とて、陸にあからさまにのぼりにけり。 | + | ===== 校訂本文 ===== |
- | 舟をばあからさまに思て、すこしひきすへてつながずしてをきたりけるに、此わらはべども舟ぞこにね入にけり。しほのみちければ、舟は浮たりけるを、はなつきにすこし吹いだされたりける程に、干塩にひかれてはうかに湊へ出にけり。沖にては、いとど風吹まさりければ、帆をあげたる様にてゆく。其時に、童部おきてみるに、かかりたる方もなき沖にいできければ、なきまどへどもすべき方もなし。いづかたともしらず、ただふかれて行にけり。 | + | 土佐国幡多(はた)の郡に住む下種ありけり。おのが国にあらで、異国(ことくに)に田を作りけるが、おのがすむ国に苗代をして、植うべきほどになりければ、その苗を舟に入れて、植ゑん人どもに食はすべき物より始めて、鍋・釜・鋤・鍬・犂(からすき)などいふ物に至るまで、家の具を舟に取り積みて、十一・二ばかりなる、男子(をのこご)・女子(おんなこ)、二人の子を、舟の守り目に乗せ置きて、父母は「植ゑんといふ者、雇はん」とて、陸にあからさまに上りにけり。 |
- | さる程に、父母は人どもやとひあつめて、「舟にのらん」とてきてみるに、舟なし。しばらくは風がくれにさしかくしたるかとみる程に、よびさはげどもたれかはいらへん。浦浦もとめけれども、なかりければ、いふかひなくてやみにけり。 | + | 舟をばあからさまに思て、少し引き据ゑて、繋がずして置きたりけるに、この童部(わらはべ)ども、舟底に寝入りにけり。潮の満ちければ、舟は浮きたりけるを、はなつきに少し吹き出だされたりけるほどに、干潮(ひしほ)に引かれて、はるかに湊へ出でにけり。 |
- | かくてこの舟は、はるかの沖に有ける嶋に吹付てけり。童部ども泣泣おりて、舟つなぎてみれば、いかにも人なし。帰べきかたもおぼえねば、嶋におりていひけるやう、「今はすべきかたなし。さりとては、命をすつべきにあらず。此くひ物のあらんかぎりこそ、すこしづつも食ていきたらめ。これつきなば、いかにしていのちはあるべきぞ。いざ、この苗のかれぬさきにうへん。」といひければ、「げにも」とて、水のながれのありける所の田に、つくりぬべきをもとめいだして、鋤・鍬はありければ、木きりて庵などつくりけり。なり物の木の、おりになりたるおほかりければ、それを取食てあかしくらすほどに、秋にも成にけり。 | + | 沖にては、いとど風吹きまさりければ、帆を上げたるやうにて行く。その時に、童部、起きて見るに、かかりたる方もなき沖に出で来(き)ければ、泣きまどへども、すべき方もなし。何方(いづかた)とも知らず、ただ吹かれて行きにけり。 |
- | さるべきにやありけん、作たる田のよくて、こなたに作たるにも、ことのほかまさりたりければ、おほく刈をきなどして、さりとてあるべきならねば、めおとこになりにけり。おのこご、女子あまたうみつづけて、又それが妻おとこになりなりしつつ、大きなる嶋になりければ、田畠もおほく作て、此比はその妹背がうみつづけたりける人ども、しまにあまるばかりになりてぞあんなる。 | + | さるほどに、父母は、人ども雇ひ集めて、「舟に乗らん」とて来て見るに、舟無し。「しばしは、風がくれに、さし隠したるか」と見るほどに、呼び騒げども、誰(たれ)かはいらへん。浦々求めけれども、なかりければ、いふかひなくて、やみにけり。 |
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+ | かくて、この舟は、はるかの沖にありける島に吹き付けてけり。童部ども、泣く泣く下りて、舟繋ぎて見れば、いかにも人なし。帰るべき方(かた)も思えねば、島に下りて、言ひけるやう、「今はすべきかたなし。さりとては、命を捨つべきにあらず。この食ひ物のあらんかぎりこそ、少しづつも食ひて生きたらめ。これ尽きなば、いかにして命はあるべきぞ。いざ、この苗の枯れぬさきに植ゑん」と言ひければ、「げにも」とて、水の流れのありける所の、田に作りぬべきを求め出だして、鋤・鍬はありければ、木切りて庵など作りけり。生(な)り物の木の、折に生りたる、多かりければ、それを取り食ひて、明かし暮らすほどに、秋にもなりにけり。 | ||
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+ | さるべきにやありけん、作ろたる田の良くて、こなたに作りたるにも、ことのほかまさりたりければ、多く刈り置きなどして、さりとてあるべきならねば、妻夫(めおとこ)になりにけり。男子(をのこご)、女子、あまた生み続けて、また、それが妻夫になりなりしつつ、大きなる島なりければ、田畑も多く作りて、このごろは、その妹背が生み続けたりける人ども、島にあまるばかりになりてぞあんなる。 | ||
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+ | 妹背嶋とて、土佐国の南の沖にあるとぞ、人語りし。 | ||
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+ | ===== 翻刻 ===== | ||
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+ | 土佐国はたの郡にすむ下種ありけりをのか国にあらてこと | ||
+ | 国に田を作けるかをのかすむ国に苗代をして植へき程に | ||
+ | なりけれはその苗を舟に入てうへん人ともにくはすへき物より | ||
+ | はしめて鍋釜鋤鍬からすきなといふ物にいたるまて家の具 | ||
+ | を舟にとりつみて十一二はかりなるおのここをんなこ二人の子を | ||
+ | 舟のまもりめにのせをきて父母はうへんといふ物やとはんとて陸に | ||
+ | あからさまにのほりにけり舟をはあからさまに思てすこしひき/63オy129 | ||
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+ | すへてつなかすしてをきたりけるに此わらはへとも舟そこにね入 | ||
+ | にけりしほのみちけれは舟は浮たりけるをはなつきにす | ||
+ | こし吹いたされたりける程に干塩にひかれてはるかに湊へ | ||
+ | 出にけり沖にてはいとと風吹まさりけれは帆をあけたる様 | ||
+ | にてゆく其時に童部おきてみるにかかりたる方もなき沖 | ||
+ | にいてきけれはなきまとへともすへき方もなしいつかたとも | ||
+ | しらすたたふかれて行にけりさる程に父母は人ともやとひあつ | ||
+ | めて舟にのらんとてきてみるに舟なししはしは風かくれに | ||
+ | さしかくしたるかとみる程によひさはけともたれかはいらへん | ||
+ | 浦浦もとめけれともなかりけれはいふかひなくてやみにけり | ||
+ | かくてこの舟ははるかの沖に有ける嶋に吹付てけり童部 | ||
+ | とも泣泣おりて舟つなきてみれはいかにも人なし帰へきかた | ||
+ | もおほえねは嶋におりていひけるやう今はすへきかたなしさり/63ウy130 | ||
+ | |||
+ | とては命をすつへきにあらす此くひ物のあらんかきりこそ | ||
+ | すこしつつも食ていきたらめこれつきなはいかにしていのち | ||
+ | はあるへきそいさこの苗のかれぬさきにうへんといひけれはけ | ||
+ | にもとて水のなかれのありける所の田につくりぬへきをもとめい | ||
+ | たして鋤鍬はありけれは木きりて庵なとつくりけりなり | ||
+ | 物の木のおりになりたるおほかりけれはそれを取食てあかし | ||
+ | くらすほとに秋にも成にけりさるへきにやありけん作たる | ||
+ | 田のよくてこなたに作たるにもことのほかまさりたりけれは | ||
+ | おほく刈をきなとしてさりとてあるへきならねはめおとこに | ||
+ | なりにけりおのここ女子あまたうみつつけて又それか妻お | ||
+ | | ||
+ | | ||
+ | | ||
+ | |||
+ | 南の沖にあるとそ人かたりし/64ウy132 | ||
- | 妹背嶋とて、土佐国の南の沖にあるとぞ、人かたりし。 |
text/yomeiuji/uji056.1412071622.txt.gz · 最終更新: 2014/09/30 19:07 by Satoshi Nakagawa