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text:yomeiuji:uji030

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text:yomeiuji:uji030 [2014/09/27 18:10] Satoshi Nakagawatext:yomeiuji:uji030 [2025/05/01 22:31] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
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 **唐、卒都婆に血付く事** **唐、卒都婆に血付く事**
  
-むかし、もろこしに大なる山ありけり。その山のいただきに大きなる卒塔婆一たてりけり。+===== 校訂本文 =====
  
-そのやまの麓の里に、年八十斗なる女住けるが、日に一度その山のみねにある卒塔婆をかならず見けり。たかく大なる山なれば麓よりみねへのぼるほど、さがしく、はげしく、道遠かりけるを、雨ふり、雪ふり、風ふき、雷なり、しみ氷たるにも、又、あつくくるしき夏も、一日もかかさず、かならずのぼりて、此卒塔婆を見けり。+[[uji029|<<PREV]] [[index.html|『宇治拾遺物語』TOP]] [[uji031|NEXT>>]]
  
-かくするを人えらざりける、若男ども童部の、夏つかりける比、峰にのぼて卒塔婆もとに居つつすずみけるに、此女、あせをごひて腰ふなる者の、杖にすがり、そとばのもとにきて、そとばをめぐければ、「おがみたてまつるか」とみれば、そとばをうちめぐりては、則、帰帰する事一度にもあらず。あまたたび、此すずむ男どもにみえけり。+昔、唐土(もろこ)なる山ありけり。そ頂(いだき)に大きなる卒塔婆一つ建てりけり。
  
-「此女は、何心ありてかくはくるしきにするにか」と、あやしがて「けふえば、此事をとはん」といひ合けるに、事なれば、此女、はうはうぼりけり。男ども、女いふやう「わ女は何の心によりて、我らがすずみにくるだに、つくくしく大事なる道、『すまん』とおもふによりてのぼりくるにこそあれ、すずむ事もし、別にす事もくて、そとをみめぐるを事にて日々にのぼるこそあやき女のしわざなれ。此ゆへしらせ給へ」といひければ此女「わかきぬしたちはげに『あや』と思ひ給らん。かまうできて此そとばみ事は此比の事にしも侍らず。物の心しはじめてよ此七十余年日ごとにかくのぼそとばを見たてまつる也」といへば、「その事のあやく侍な。そのゆへをのまへ」ととへば、「をのれが親は、百廿てなんうせ侍にし。祖父は百卅斗にてぞうせ給へりし。それが又父、祖父などは二百余斗でぞ、いきて侍ける。その人々のいひをかれりけるとて『此卒塔婆に血のつかんおりに、なん此山はづれてふか海となるべき』となん、父の申をかれしかば、『麓に侍る身なれば、山崩なば、うちおほはれて死ぞする』と思へばし血つば逃げてのがん』とてかく日毎に見侍な」といへば此きく男ども、おがり、あざけりて、「おそろしき事哉。崩ん時は告給へ」など笑けるも、我をあざけりていふとも心えずして「さら也。いかでかは我独逃がんと思て告申さざるべき」といひて帰くだりにけり。+山の麓(ふもと)の里、年八十ばかりなる女住みけるが、日一度にある卒塔婆見け。高大きなるば、麓よ峰へ登ほどさが、はげしく、道遠かりけを、雨降、雪降り、風吹き雷鳴り、しみ氷りた、また、く、苦しも、一日さず必ず登、この卒塔婆けり。
  
-男ども「此女はふはよもじ。あす又きてみん、おどしてはしらせてわらはん」といひ合て、血をあやして、卒塔婆によくぬりつけ此男共帰おり里の物どもに「此麓なるの、日ごとに峰のぼりてばみるをあやしさとへば、しかじなんいへ『あすおどしてはしらせん』とてそとばに血を塗つる也。さぞくずるらんものや」いひ笑を里の物どきき伝てなる事ためしひき笑けり。+かくするを、人え知らざりけるに、若き男ども、童部の、夏暑かりろ、峰登りて、卒塔婆のもとつ涼みるにこの女汗をのごひ、腰二重(ふたへ)なるの、すがりて、卒塔婆のもとに来て、卒塔婆を巡りければ、「拝み奉る見れ、卒塔婆をうち巡りては、はち帰り帰りすること一度にあらず。あまた度(たび)、この涼む男どもに見えにけり。
  
-かくて又日に、女、のりてみるにそとばに、血のおほらかに付たりければ、女うちみまま色をたへて、たうれまろびはして、さけびいふやう「此里人々、くにげのきて、命いきよ。此山ただ今崩て、ふかき海となりなとす」と、あまねく告まはして、家に行て、子孫共に家の具足どもおほせもたせて、をのれも持て、手まどして里うつりしぬ。是をみて血つし男も、手を打て笑などする程に、ささめきのしあひたり。+「この女心ありて、かくは苦しきるにか」と怪しがりて、「今日見えばを問はん」と言ひ合ひけるほどに、となれば女、はうはう登り。
  
-のふきくるか、のなるかと、あやしむに、空もつつやみて、あさましく、おそろしげにてゆるぎたちにけり。「こはいかに。こはいかに」とののしりあひたるに、ただくづれに崩もてゆけば、「女はまことしけるを」などひて、げえたる物もあれ親のゆくゑもしらず、子をもうしなひ家の物の具もしらしておめきさけあひたり此女ひとりぞ、子まも引して家の物の具一もうしなはしてかねて逃のきてかにゐたりける+男ども、女に言ふやう、「わ女は、何心によりて、われらが涼みに来るだに、暑く、苦しく、大事なる道を、『涼まん』と思によりて登り来るにこそあれ、涼むこともなし、別にすることもなくて、卒塔婆を見巡るをことにて、日々に登り降るるこそ、怪し女のしわざなれ。このゆゑ知らせ給へ」と言ひければ、この女、「若きぬしたちは、げに『怪し』と思ひ給ふらん。か詣で来て、この卒塔婆見ことは、このごろのことにしも侍らず。物の心知り始めてより後、この七十余年、日ごとにく登りて卒塔婆を見奉るなり」と言へば、「そことの怪しく侍るり。そのゆゑをのたまへ」と問へば、「おのれが親は、百二十にてなん失せ侍りにし。祖父は百三十ばかりにてぞ失せ給へりし。それがまた、父・祖父などは二百余ばかりまでぞ、生きて侍りけ。その人々の言ひ置れたりける『この卒塔婆に血の付かん折になん、この山は崩れて、深き海となるべき』となん、父の申しおかれしかば、『麓に侍る身なれば、山崩れなば、うち覆はれて死にもぞする』と思へば、『もし血付かば、逃げて退(の)かん』とて、かく日ごとに見侍るなり」と言へば、この聞く男ども、をこがり、嘲(あざけ)りて、「恐しきことかな。崩れん時は告げ給へ」など笑ひけるをも、われを嘲りて言ふとも心得ずして、「さらなり。いかでかは、『われ一人逃れん』と思ひて、告げ申さざるべき」と言ひて帰り下(くだ)りにけり。 
 + 
 +この男ども、「この女は今日はよも来じ。明日、また来て見んに、脅して走らせて笑はん」と言ひ合ひて、血をあやして、卒塔婆によく塗り付けて、この男ども、帰り降りて、里の者どもに、「この麓なる女の、日ごとに峰に登りて、卒塔婆見るを、怪しさに問へば、しかじかなん言へば、『明日、脅して走らせん』とて、卒塔婆に血を塗りつるなり。さぞ崩るらんものや」など言ひ笑ふを、里の者ども聞き伝へて、をこなることのためしに引き、笑ひけり。 
 + 
 +かくて、またの日、女、登りて見るに、卒塔婆に血のおほらかに付きたりければ、女、うち見るままに、色をたがへて、倒(たふ)れまろび、走り帰りて、叫び言ふやう、「この里の人々、とく逃げ退(の)きて、命生きよ。この山は、ただ今崩れて、深き海となりなんとす」と、あまねく告げまはして、家に行きて、子孫どもに、家の具足ども負(お)ほせ持たせて、おのれも持て、手まどひして、里移りしぬ。 
 + 
 +これを見て、血付けし男ども、手を打ちて笑ひなどするほどに、そのことともなく、ざざめき、ののしりあひたり。「風の吹き来るか、雷の鳴るか」と怪しむほどに、空もつつなりて、あさましく、しげにて、この、揺ぎたちにけり。「こはいかに。こはいかに」とののしりあひたるほどに、ただれに崩もてゆけば、「女はまことしけるものを」などひて逃げ得たる者もあれども、親の行方も知らず、子をも失なひ、家の物の具も知らずなどして、をめき叫び合ひたり。この女一人ぞ、子・孫も引き具して、家の物の具、一つも失なはずして、かねて逃退きて、静かに居たりける。 
 + 
 +かくてこの山みなくづれて、ふかき海と成にければ、これをあざけり笑し物どもは、皆死にけり。あさましき事なりかし。 
 + 
 +[[uji029|<<PREV]] [[index.html|『宇治拾遺物語』TOP]] [[uji031|NEXT>>]] 
 +===== 翻刻 ===== 
 + 
 +  むかしもろこしに大なる山ありけりその山のいたたきに大なる卒都婆 
 +  一たてりけりそのやまの麓の里に年八十斗なる女住けるか日に 
 +  一度その山のみねにある卒塔婆をかならす見けりたかく大なる山な 
 +  れは麓よりみねへのほるほとさかしくはけしく道遠かりけ 
 +  るを雨ふり雪ふり風ふき雷なりしみ氷たるにも又あつくく 
 +  るしき夏も一日もかかさすかならすのほりて此卒塔婆を見けり/37ウy78 
 + 
 +  かくするを人しらさりけるに若き男とも童部の夏あつかりける比 
 +  峰にのほりて卒塔婆のもとに居つつすすみけるに此女あせをのこ 
 +  ひて腰ふへな者の杖にすかりてそとはのもとにきてそとはをめくりけれは 
 +  おかみたてまつるかとみれはそとはをうちめくりては則帰帰する事一度 
 +  にもあらすあまたたひ此すすむ男ともにみえにけり此女は何の心ありて 
 +  かくはくるしきにするにかとあやしかりてけふみえは此事をとはんといひ 
 +  合ける程に常の事なれは此女はうはうのほりけり男とも女にいふやうわ 
 +  女は何の心によりて我らかすすみにくるたにあつくくるしく大事なる道を 
 +  すすまんとおもふによりてのほりくるにこそあれすすむ事もなし 
 +  別にする事もなくてそとはをみめくるを事にて日々にのほりおるるこそ 
 +  あやしき女のしわさなれ此ゆへしらせ給へといひけれは此女わかきぬしたち 
 +  はけにあやしと思ひ給らんかくまうてきて此そとはみる事は此比の事に 
 +  しも侍らすの心しりはしめてより後此七十余年日ことにかくのほりてそとはを/38オy79 
 + 
 +  見たてまつる也といへはその事のあやしく侍なりそのゆへをのたまへととへは 
 +  をのれか親は百廿にてなんうせ侍にし祖父は百卅斗にてそうせ給へ 
 +  りしそれか又父祖父なとは二百余斗まてそいきて侍けるその人々の 
 +  いひをかれたりけるとて此卒塔婆に血のつかんおりになん此山はくつれてふ 
 +  かき海となるへきとなん父の申をかれしかは麓に侍る身なれは山崩なは 
 +  うちおほはれて死そすると思へはもし血つかは逃けてのかんとてかく日毎 
 +  に見侍なりといへは此きく男ともおこかりさけりておそろしき事哉崩ん 
 +  時は告給へなと笑けるをも我をあさけりていふとも心えすしてさら也 
 +  いかてかは我独逃んと思て告申ささるへきといひて帰くたりにけり此男 
 +  とも此女はけふはよもこしあす又きてみんにおとしてはしらせてわらはん 
 +  といひ合て血をあやしてそとはによくぬりつけて此男共帰おりて 
 +  里の物ともに此麓なる女の日ことに峰にのほりてそとはみるをあやし 
 +  さにとへはしかしかなんいへはあすおとしてはしらせんとてそとはに血を塗つる也/38ウy80 
 + 
 +  さそくつるらんものやなといひ笑を里の物ともきき伝ておこなる 
 +  事のためしにひき笑けりかくて又の日女のほりてみるにそとはに血のお 
 +  ほらかに付たりけは女うちみるままに色をたかへてたうれまろひはしり 
 +  帰てさけひいふやう此里の人々とくにけのきて命いきよ此山はたた 
 +  今崩てふかき海となりなんとすとあまねく告まはして家に行て 
 +  子孫共に家の具足ともおほせもたせてをのれも持て手まとひして 
 +  里うつりしぬ是をみて血つけし男とも手を打て笑なとする程 
 +  にその事ともなくささめきののしりあひたり風のふきくるか雷のなる 
 +  かとあやしむ程に空もつつやみに成てあさましくおそろしけにて此山 
 +  ゆるきたちにけりこはいかにこはいかにとののしりあひたる程にたたくつれに崩もて 
 +  ゆけは女はまことしける物をなといひてにけにけえたる物もあれとも親の 
 +  ゆくゑもしら子をもうしなひ家の物の具もしらしておめ 
 +  きさけあひたり此女ひとり子まも引して家の物の具一もうし/39オy81 
 + 
 +  なはしてかねて逃のきてしかにゐたりけるかくてこの山み 
 +  なくつれてふかき海と成にけれはこれをあさけり笑し 
 +  物ともは皆死けりあさましき事なりかし/39ウy82
  
-かくてこの山みなくづれて、ふかき海と成にければ、これをあざけり笑し物どもは、皆死けり。あさましき事なりかし。 
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