鯉の羹(あつもの)食ひたる日は、鬢(びん)そそけずとなん。膠(にかは)にも作るものなれば粘りたるものにこそ。

鯉ばかりこそ、御前にても切らるるものなれば、やんごとなき魚なり。鳥には雉(きじ)、双(さう)なきものなり。雉・松茸などは、御湯殿(みゆどの)の上にかかりたるも苦しからず。その外(ほか)は心憂きことなり。

中宮¹⁾の御方の御湯殿の上の黒御棚(くろみだな)に、雁の見えつるを、北山入道殿²⁾の御覧じて、帰らせ給ひて、やがて御文にて、「かやうの物、さながらその姿にて御棚にゐて候ひしこと、見ならはず、さま悪しきことなり。はかばかしき人のさぶらはぬゆゑにこそ」など、申されたりけり。

鯉のあつもの食たる日は。鬢そそけずと
なん。膠にもつくるものなれば。ねばりたる
ものにこそ。鯉ばかりこそ御前にてもきら
るる物なれば。やん事なき魚なり。鳥
には雉さうなき物也。雉松茸などは。／w1-86r

御湯殿の上にかかりたるも苦しからず。
其外は心うき事也。中宮の御方の御湯
殿の上のくろみ棚に。雁のみえつるを。
北山入道殿の御覧じて帰らせ給て。
やがて御文にてかやうの物さながら其姿
にて御棚にゐて候し事。見ならはずさま
あしき事也。はかばか敷人のさふら
はぬ故にこそなど。申されたりけり／w1-86l

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