とはずがたり
巻2 34 今日は御所の御雑掌にてあるべきとて資高承る・・・
校訂本文
今日は御所の御雑掌(ざしやう)にてあるべきとて、資高(すけたか)1)承る。御ことおびたたしく用意したり。傾城参りて、おびたたしき御酒盛りや。御所の御走り舞ひとて、ことさらもてなしひしめかる。沈(ぢん)の折敷に金(かね)の盃据ゑて、麝香(じやかう)の臍三つ入れて、姉賜はる。金の折敷に瑠璃の御器(ごき)に臍一つ入れて、妹(おとと)賜はる。
後夜打つほどまでの遊び給ふに、また若菊を立たせらるるに、「相応和尚の割れ不動2)」数ふるに、「柿の本の紀僧正3)、一旦(いたん)の妄執や残りけん」といふわたりを言ふ折、善勝寺、きと見おこせたれば、われも思ひ合はせらるる節あれば、あはれにも恐しくも覚えて、ただゐたり。後々は、人々の声、乱舞にて果てぬ。
御とのごもりてあるに、御腰打ち参らせて候ふに、筒井の御所の夜べの御面影4)、ここもとに見えて、「ちと物仰せられん」と呼び給へども、いかが立ち上がるべき、動かでゐたるを、「御夜(よる)にてある折だに5)」など、さまざま仰せらるるに、「はや立て。苦しかるまじ」と忍びやかに仰せらるるぞ、なかなか死ぬばかり悲しき。
御後(あと)にあるを、手をさへ取りて引き立てさせ給へば、心のほかに立たれぬるに、「御伽には、こなたにこそ」とて、障子のあなたにて仰せられゐたることどもを、寝入り給ひたるやうにて聞き給ひけるこそ、あさましけれ。とかく泣きさまたれゐたれども、酔心地(ゑひごこち)やただならざりけむ、ついに明け行くほどに帰し給ひぬ。
われ過ごさずとは言ひながら、悲しきことを尽して御前に伏したるに、ことにうらうらとおはしますぞ、いと堪へがたき。
翻刻
けふは御所の御さしやうにて有へきとてすけたかうけ 給はる御ことおひたたしくよういしたりけいせいまい りておひたたしき御さかもり也御所の御はしりまひ とてことさらもてなしひしめかるちんのおしきにかねの さか月すへてさかうのへそ参入てあね給はるかねの/s105l k2-81
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/105
おしきにるりのこきにへそ一入ておとと給はるこや うつほとまてのあそひ給ふに又わかきくをたたせらるる にさうおうくわしやうのわれふとくかそふるにかきの もとのき僧正いたんのまうしうやのこりけんといふわた りをいふおりせんせう寺きとみをこせたれはわれも おもひあはせらるるふしあれはあはれにもおそろしくも おほえてたたゐたりのちのちは人々のこゑらんふにて はてぬ御とのこもりてあるに御こしうちまいらせて候に つついの御所のよへの御おもかけここもとにみえてちと物 おほせられんとよひ給へともいかかたちあかるへきうこかて ゐたるを御よるにてあるをかたになとさまさまおほせらるるに/s106r k2-82
はやたてくるしかるましとしのひやかにおほせらるるそ中々 しぬはかりかなしき御あとにあるを手をさへとりてひき たてさせたまへは心の外にたたれぬるに御ときには こなたにこそとてしやうしのあなたにておほせられゐ たる事ともをね入給たるやうにてききたまひける こそあさましけれとかくなきさまたれゐたれともゑい 心地やたたならさりけむつゐにあけ行ほとにかへし給ぬ われすこさすとはいひなからかなしき事をつくして 御まへにふしたるにことにうらうらとおはしますそいとたへ かたきけふは還御にて有へきを御なこりおほきよし/s106l k2-83