text:towazu:towazu2-06
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| text:towazu:towazu2-06 [2019/05/18 21:03] – [巻2 6 かくて三月のころにもなりぬるに例の後白河院御八講にてあるに・・・] Satoshi Nakagawa | text:towazu:towazu2-06 [2019/05/18 21:04] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
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| - | かくて、三月(やよひ)のころにもなりぬるに、例の後白河院御八講にてあるに、六条殿長講堂(ちやかうだう)は無ければ、正親町(おほぎまち)の長講堂にて行なはる。結願(けちぐわん)十三日に、御幸(ごかう)なりぬる間に、御参りある人((後の「雪の曙」))あり。 | + | かくて、三月(やよひ)のころにもなりぬるに、例の後白河院御八講にてあるに、六条殿長講堂(ちやかうだう)は無ければ、正親町(おほぎまち)の長講堂にて行なはる。結願(けちぐわん)十三日に、御幸(ごかう)なりぬる間に、御参りある人((後の「有明の月」))あり。 |
| 「還御待ち参らすべし」とて、候はせ給ふ。二棟(ふたむね)の廊(らう)に御渡りあり。参りて見参(けざん)に入りて、「還御はよくなり侍らん」など申して、帰らんとすれば、「しばし、それに候へ」と仰せらるれば、何の御用とも思えねども、そぞろき逃ぐべき御人柄ならねば、候ふに、何となき御昔語り、「故大納言((筆者父、久我雅忠))が常に申し侍りしことも、忘れず思し召さるる」など仰せらるるも、なつかしきやうにて、のどのどうち向ひ参らせたるに、何とやらむ、思ひのほかなることを仰せられ出だして、「仏も心汚なき勤めとや思し召すらんと思ふ」とかや承るも、思はずに不思議なれば、何となく紛らかして、立ち退かんとする袖をさへひかへて、「いかなる暇(ひま)とだに、せめては頼めよ」とて、まことに偽りならず見ゆる御袖の涙もむつかしきに、「還御」とてひしめけば、引き放ち参らせぬ。 | 「還御待ち参らすべし」とて、候はせ給ふ。二棟(ふたむね)の廊(らう)に御渡りあり。参りて見参(けざん)に入りて、「還御はよくなり侍らん」など申して、帰らんとすれば、「しばし、それに候へ」と仰せらるれば、何の御用とも思えねども、そぞろき逃ぐべき御人柄ならねば、候ふに、何となき御昔語り、「故大納言((筆者父、久我雅忠))が常に申し侍りしことも、忘れず思し召さるる」など仰せらるるも、なつかしきやうにて、のどのどうち向ひ参らせたるに、何とやらむ、思ひのほかなることを仰せられ出だして、「仏も心汚なき勤めとや思し召すらんと思ふ」とかや承るも、思はずに不思議なれば、何となく紛らかして、立ち退かんとする袖をさへひかへて、「いかなる暇(ひま)とだに、せめては頼めよ」とて、まことに偽りならず見ゆる御袖の涙もむつかしきに、「還御」とてひしめけば、引き放ち参らせぬ。 | ||
text/towazu/towazu2-06.1558181031.txt.gz · 最終更新: by Satoshi Nakagawa
