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text:towazu:towazu1-02 [2019/03/18 21:16] – [翻刻] Satoshi Nakagawatext:towazu:towazu1-02 [2019/03/20 12:22] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
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 十五日の夕つ方、「河崎より迎へに」とて、人尋ぬ。「いつしか」とむつかしけれども、「否(いな)」と言ふべきならねば、出でぬ。見れば、なにとやらむ、「常の年々(としどし)よりも、はへばへしく、屏風・畳も、几帳((底本表記、「木丁」。以下同じ))・引き物まで、心ことに見ゆるは」と思へども、「年の始めのことなればにや」など思ひて、その日は暮れぬ。 十五日の夕つ方、「河崎より迎へに」とて、人尋ぬ。「いつしか」とむつかしけれども、「否(いな)」と言ふべきならねば、出でぬ。見れば、なにとやらむ、「常の年々(としどし)よりも、はへばへしく、屏風・畳も、几帳((底本表記、「木丁」。以下同じ))・引き物まで、心ことに見ゆるは」と思へども、「年の始めのことなればにや」など思ひて、その日は暮れぬ。
  
-明くれば供御の何かとひしめく。「殿上人の馬、公卿の牛」など言ふ。母の尼上など来集まりてそそめく時に、「何事ぞ」と言へば、大納言((父、久我雅忠))、うち笑ひて、「いさ、今宵、『御方違へに御幸なるべし』と仰せらるる時に、年の始めなれば、ことさらひきつくろふなり。その御陪膳(ばいぜむ)の料にこそ迎へたれ」と言はるるに、「節分(せちぶん)にてもなし、何の御方違へぞ」と言へば、「あら、いふかひなや」とて、みな人笑ふ。+明くれば供御の何かとひしめく。「殿上人の馬、公卿の牛」など言ふ。母の尼上((父、雅忠の義母。))など来集まりてそそめく時に、「何事ぞ」と言へば、大納言((父、久我雅忠))、うち笑ひて、「いさ、今宵、『御方違へに御幸なるべし』と仰せらるる時に、年の始めなれば、ことさらひきつくろふなり。その御陪膳(ばいぜむ)の料にこそ迎へたれ」と言はるるに、「節分(せちぶん)にてもなし、何の御方違へぞ」と言へば、「あら、いふかひなや」とて、みな人笑ふ。
  
 されども、いかでか知らむに、わが常に居たる方にも、なべてならぬ屏風立て、小几帳立てなどしたり。「ここさへ晴(はれ)にあふべきか。かくしつらはれたるは」など言へば、みな人笑ひて、とかくのこと言ふ人なし。 されども、いかでか知らむに、わが常に居たる方にも、なべてならぬ屏風立て、小几帳立てなどしたり。「ここさへ晴(はれ)にあふべきか。かくしつらはれたるは」など言へば、みな人笑ひて、とかくのこと言ふ人なし。
text/towazu/towazu1-02.1552911401.txt.gz · 最終更新: by Satoshi Nakagawa