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-いはんかたなき鈍(どん)なる弟子あり。檀那の集まりて茶うけなどある座敷に、年讃嘆(さんたん)のあるは常の習ひなり。しかるに、かの弟子、ややもすれば、いま三十の者をば四十と見損じ、五十ばかりの者をば六十余りと見損なうて笑はるるを、坊主、聞きかね、「さて、うつけに薬がないとはまことや。われも人も、年の寄りたきはなし。誰をも若いと言はんこそ本意(ほい)ならめ。あなかしこ、粗忽(そこつ)に人を年寄りと言ふな」と教へられ、明けの日、かの弟子、使僧(しそう)に行き、女房の子を抱(いだ)きゐるを見付け、「この御子息はいくつにてありや」。「これは今年生まれ、片子(かたこ)でおいりある」と答へけり。弟子、「さて片子には若くござあるよ」と。+いはんかたなき鈍(どん)なる弟子あり。檀那の集まりて茶うけなどある座敷に、年讃嘆(さんたん)のあるは常の習ひなり。しかるに、かの弟子、ややもすれば、いま三十の者をば四十と見損じ、五十ばかりの者をば六十余りと見損なうて笑はるるを、坊主、聞きかね、「さて、うつけに薬がないとはまことや。われも人も、年の寄りたきはなし。誰をも若いと言はんこそ本意(ほい)ならめ。あなかしこ、粗忽(そこつ)に人を年寄りと言ふな」と教へられ、明けの日、かの弟子、使僧(しそう)に行き、女房の子を抱(いだ)きゐるを見付け、「この御子息はいくつにてありや」。「これは今年生まれ、片子(かたこ)でおいりある」と答へけり。弟子、「さて片子には若くござあるよ」と。
  
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text/sesuisho/n_sesuisho1-108.1635925566.txt.gz · 最終更新: by Satoshi Nakagawa