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text:senjusho:m_senjusho09-09 [2016/10/30 01:15] – 作成 Satoshi Nakagawatext:senjusho:m_senjusho09-09 [2016/10/30 21:13] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
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 若学生と申し侍りしかば、心とむべき一節も聞かまほしくて、その庭にのぞみて侍りしに、人々、諷誦あまた読み上げらるる中に、御子実房((藤原実房。ただし、実房は実行の孫。))と申し侍りしが、御年十一にて、童御料と申し侍りし御方の諷誦は、みづからあそばしたりけるなむめり。漢字に所々に大和文字をあそばし交ぜられ侍り。 若学生と申し侍りしかば、心とむべき一節も聞かまほしくて、その庭にのぞみて侍りしに、人々、諷誦あまた読み上げらるる中に、御子実房((藤原実房。ただし、実房は実行の孫。))と申し侍りしが、御年十一にて、童御料と申し侍りし御方の諷誦は、みづからあそばしたりけるなむめり。漢字に所々に大和文字をあそばし交ぜられ侍り。
  
-その言葉いはく、+そのいはく、
  
-母儀去りて後、年を数ふれば、三年(みとせ)に及び、日をつらぬれば、一千日になんなんとす。悲の涙、袂にとどめかねて、色の帯、すでにすすがれぬ((「すすがれぬ」は、底本「すすかれ又」。諸本により訂正))。いづれの年か、歎き晴るることあらん。いづれの月にか、思ひおこたることあらん。真珠が母の陵の傍らに、旬年が間臥して雷をいとひ、照寂が永く父の同棺に入りし思ひに、あひかはらず((「かはらず」は底本「賛す」。諸本により訂正。))といへども、一夜としても、かの苔の上に臥さず、片時も同棺にのぞむことなし。ただし、茂れるおどろの上に臥して、雷を歎きし真珠が((「真珠が」底本虫損。諸本により補う。))涙、よも、無間の炎をは消やさじ。むなしく苔の下に入りて、ともに朽ちにし照寂も、死出の山路の伴とはならじ。獄卒の果てざる道には、膝をかがめて一人歎き、魔に呵嘖の言葉をば、わればかりにぞ聞こえらる。しかじ、はや歎きの心を改めて、ひとへに作善を励まん+母儀去りて後、年を数ふれば、三年(みとせ)に及び、日をつらぬれば、一千日になんなんとす。悲の涙、袂にとどめかねて、色の帯、すでにすすがれぬ((「すすがれぬ」は、底本「すすかれ又」。諸本により訂正))。いづれの年か、歎き晴るることあらん。いづれの月にか、思ひおこたることあらん。真珠が母の陵の傍らに、旬年が間臥して雷をいとひ、照寂が永く父の同棺に入りし思ひに、あひかはらず((「かはらず」は底本「賛す」。諸本により訂正。))といへども、一夜としても、かの苔の上に臥さず、片時も同棺にのぞむことなし。ただし、茂れるおどろの上に臥して、雷を歎きし真珠が((「真珠が」底本虫損。諸本により補う。))涙、よも、無間の炎をは消やさじ。むなしく苔の下に入りて、ともに朽ちにし照寂も、死出の山路の伴とはならじ。獄卒の果てざる道には、膝をかがめて一人歎き、魔に呵嘖の言葉をば、わればかりにぞ聞こえらる。しかじ、はや歎きの心を改めて、ひとへに作善を励まん
  
 と侍るを、導師、読み上げらるるにより、雨しづくと泣きさまたれ侍り。簾内・簾外、心あるも、心なきも、涙にくれふたがり侍り。 と侍るを、導師、読み上げらるるにより、雨しづくと泣きさまたれ侍り。簾内・簾外、心あるも、心なきも、涙にくれふたがり侍り。
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 さても、その日の説法に、「六塵の境に心をとむな」と侍りしこと、心にいみじくしみて、今にいたるまでも、いたく境に思ひをとめ侍らぬなり。されば、般若((『大般若波羅蜜多経』))などの多くの中に((「に」は底本虫損。諸本により補う。))、万法空寂の旨を説かれて侍る。せんは、ただ六塵の境に着する思ひをやらんとにこそ。この明遍の説法、聞きしよりも貴く、内徳たけ、悟証実ありと見え侍りき。 さても、その日の説法に、「六塵の境に心をとむな」と侍りしこと、心にいみじくしみて、今にいたるまでも、いたく境に思ひをとめ侍らぬなり。されば、般若((『大般若波羅蜜多経』))などの多くの中に((「に」は底本虫損。諸本により補う。))、万法空寂の旨を説かれて侍る。せんは、ただ六塵の境に着する思ひをやらんとにこそ。この明遍の説法、聞きしよりも貴く、内徳たけ、悟証実ありと見え侍りき。
  
-そもそも、ついでをもて、都の中を廻るに、没後の仏事をいとなむ家多し。鳥部山の煙、絶えせず。舟岡((船岡山))の死人、隙さらず。あはれなるかな、いづれの時にか、船岡・鳥部のほとりに骨をさらして、むなしき名のみを残さん。悲しきかな、いかなる時にか薪にうづまれて、晴れぬ雨の曇り初めけん雲の種(たね)ともならん。朝露、消えやすく、春の夜の夢、長きにあらず。刹那の歓楽、かへりて苦の縁となる。世の中に思ひを留めて、生死の無常を思はざる、口惜しきには侍らずや。+そもそも、ついでをもて、都の中を廻るに、没後の仏事をいとなむ家多し。鳥部山の煙、絶えせず。舟岡((船岡山))の死人、隙さらず。あはれなるかな、いづれの時にか、船岡・鳥部のほとりに骨をさらして、むなしき名のみを残さん。悲しきかな、いかなる時にか薪にうづまれて、晴れぬ雨の曇り初めけん雲の種(たね)ともならん。朝露、消えやすく、春の夜の夢、長きにあらず。刹那の歓楽、かへりて苦の縁となる。世の中に思ひを留めて、生死の無常を思はざる、口惜しきには侍らずや。
  
 さても、「六塵の境に心を留めじ」と侍れども、思ひなれぬる名残の、なほしたはれて、眼を開けば、境界あてやかにて心動き、耳をそばだつれば、歌詠・音楽、品々にして、思ひをすすむ。これ、まことにかたきに似侍れども、万物は心の所変なり。心を離れて、顕色・音楽あることなし。顕色・音楽、心が所作にて、実あらずは、かれを執する心、また無かるべし。 さても、「六塵の境に心を留めじ」と侍れども、思ひなれぬる名残の、なほしたはれて、眼を開けば、境界あてやかにて心動き、耳をそばだつれば、歌詠・音楽、品々にして、思ひをすすむ。これ、まことにかたきに似侍れども、万物は心の所変なり。心を離れて、顕色・音楽あることなし。顕色・音楽、心が所作にて、実あらずは、かれを執する心、また無かるべし。
text/senjusho/m_senjusho09-09.1477757739.txt.gz · 最終更新: by Satoshi Nakagawa