text:senjusho:m_senjusho09-04
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text:senjusho:m_senjusho09-04 [2016/10/12 00:32] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:senjusho:m_senjusho09-04 [2016/10/12 00:39] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
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と、説かれて侍るぞかし。 | と、説かれて侍るぞかし。 | ||
- | 孔雀は雷を聞きて孕み、くらげ((「くらげ」は底本「求羅け」。))は風を懐妊の縁とし、兎は月の光を見て孕むと侍れば、父の恩欠けたるやから、おのづから侍れども、誰か一人として、母の恩離れたるは侍る。この理(ことはり)をしづかに思ふ時には、「いかにも、その恩を報じ奉らん」と思ひ侍れど、うちつづく心の、いかにもありがたく侍るこそ、かへすがへす本意なく思えて侍れ。 | + | 「孔雀は雷を聞きて孕み、くらげ((「くらげ」は底本「求羅け」。))は風を懐妊の縁とし、兎は月の光を見て孕む」と侍れば、父の恩欠けたるやから、おのづから侍れども、誰か一人として、母の恩離れたるは侍る。この理(ことはり)をしづかに思ふ時には、「いかにも、その恩を報じ奉らん」と思ひ侍れど、うちつづく心の、いかにもありがたく侍るこそ、かへすがへす本意なく思えて侍れ。 |
あはれ、この観理大徳のごとくなる心ばせを、仏のわれにいささか付け給はりて、報恩のことのみ心にかかる身となし給へかし。 | あはれ、この観理大徳のごとくなる心ばせを、仏のわれにいささか付け給はりて、報恩のことのみ心にかかる身となし給へかし。 |
text/senjusho/m_senjusho09-04.1476199950.txt.gz · 最終更新: 2016/10/12 00:32 by Satoshi Nakagawa