text:senjusho:m_senjusho04-01
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| text:senjusho:m_senjusho04-01 [2016/06/03 02:45] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:senjusho:m_senjusho04-01 [2016/06/04 11:51] (現在) – Satoshi Nakagawa | ||
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| かくて五旬にもはせ過ぐるにも、あはれはいとど憂き身一つに積む心地の思えて侍りければ、家屋敷の後ろに、五間四面の檜皮葺(ひはだぶき)の堂いみじく造り営み、弥陀の三尊、めでたく飾り奉りて、ありとある田園、みな法華三昧勤むべき布施に思ひ当て、我が身は麻の衣の墨染にやつれて、いづちともなく出でにける後には、つひに行方も知られず侍りと、伝へ承はるに、あはれさやるかたなく思えて侍り。 | かくて五旬にもはせ過ぐるにも、あはれはいとど憂き身一つに積む心地の思えて侍りければ、家屋敷の後ろに、五間四面の檜皮葺(ひはだぶき)の堂いみじく造り営み、弥陀の三尊、めでたく飾り奉りて、ありとある田園、みな法華三昧勤むべき布施に思ひ当て、我が身は麻の衣の墨染にやつれて、いづちともなく出でにける後には、つひに行方も知られず侍りと、伝へ承はるに、あはれさやるかたなく思えて侍り。 | ||
| - | まことに、親子の情はわりなくて、いくほどなき世の中にも、おくれ先立つわざを深く歎くめれど、日数むなしく移れば、思ひははるる末も侍り。また、歎きはやまざれども、移りし人の後世を、こまごまととぶらひなんとする人だにも、まれにいまそかるめるに、思ひ深くて仏を造り、堂を建てて、財をさながら三昧の布施に報うるだにも、ありがたく思えて侍るに、身をだになきものとなして、かき消ち失せにけん心中、げにげにありがたくぞ((「ありがたくぞ」は底本「有難に」))侍る。 | + | まことに、親子の情はわりなくて、いくほどなき世の中にも、おくれ先立つわざを深く歎くめれど、日数むなしく移れば、思ひははるる末も侍り。また、歎きはやまざれども、移りし人の後世を、こまごまととぶらひなんとする人だにも、まれにいまそかるめるに、思ひ深くて仏を造り、堂を建てて、財をさながら三昧の布施に報うるだにも、ありがたく思えて侍るに、身をだになきものとなして、かき消ち失せにけん心中、げにげにありがたくぞ((「ありがたくぞ」は底本「有難に」。諸本により訂正。))侍る。 |
| およそ、悲母の恩の深きことは、仏だにも、「一劫の間には、説き尽しがたし」とこそ、仰せられたむめれば、つたなきわれら、いかでかそのきはまりを、はかり侍るべき。はじめて胎内にやどりて、十月身を苦しめ、百八十石の乳を吸ひて、朝夕胸の間をつつき、膝と膝の上に遊びて、百度母の笑みを垂れて養ひ立てしありさま、有るは有るにつけて苦しみ、無きは無きにつけていとなみて、成人となるまで、よくあはれみを垂れられ侍る恩、いかばかりぞや。はかりて言ふべきにあらず。 | およそ、悲母の恩の深きことは、仏だにも、「一劫の間には、説き尽しがたし」とこそ、仰せられたむめれば、つたなきわれら、いかでかそのきはまりを、はかり侍るべき。はじめて胎内にやどりて、十月身を苦しめ、百八十石の乳を吸ひて、朝夕胸の間をつつき、膝と膝の上に遊びて、百度母の笑みを垂れて養ひ立てしありさま、有るは有るにつけて苦しみ、無きは無きにつけていとなみて、成人となるまで、よくあはれみを垂れられ侍る恩、いかばかりぞや。はかりて言ふべきにあらず。 | ||
text/senjusho/m_senjusho04-01.1464889554.txt.gz · 最終更新: by Satoshi Nakagawa
