text:senjusho:m_senjusho03-04
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text:senjusho:m_senjusho03-04 [2016/05/28 18:55] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:senjusho:m_senjusho03-04 [2016/08/04 22:42] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
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- | 昔、観釈聖とて、世をのがれる人侍る。なま君達にて、殿上の交はりなんし給ひて、遠江守になりなんどして侍りけるが、いかなることか侍りけん、にはかに家を出て、髻(もとどり)切りて、頭陀((づだ)をなんし侍りける。 | + | 昔、観釈聖とて、世をのがれる人侍る。なま君達にて、殿上の交はりなんし給ひて、遠江守になりなんどして侍りけるが、いかなることか侍りけん、にはかに家を出て、髻(もとどり)切りて、頭陀(づだ)をなんし侍りける。 |
もとより、御子はいませざりければ、知る所などをば、さながら北の方に譲り給ひて、出でられにしのちには、またもかの家へはさし入り給はずとかや。ただ、人の家に入り来て、四方山(よもやま)のそぞろごと、昔今の物語りをして、日を送るわざにて、はかばかしく勤めなんどもなかりける人にて、面白き物語をなんし給ひければ、大臣家などにつねは召されて、なにとなく世をなん過ぎられにけり。着物は何をも嫌はず着給ひける。足も手も、洗ひもあげずいまそかりけり。 | もとより、御子はいませざりければ、知る所などをば、さながら北の方に譲り給ひて、出でられにしのちには、またもかの家へはさし入り給はずとかや。ただ、人の家に入り来て、四方山(よもやま)のそぞろごと、昔今の物語りをして、日を送るわざにて、はかばかしく勤めなんどもなかりける人にて、面白き物語をなんし給ひければ、大臣家などにつねは召されて、なにとなく世をなん過ぎられにけり。着物は何をも嫌はず着給ひける。足も手も、洗ひもあげずいまそかりけり。 | ||
- | ある時、富家入道殿((藤原忠実))の、中将にていまそかりけるころ、二条になん住みておはしましける時、かの観釈聖、参り給ひて、「今日身まかり侍るべし。『いかならん山中にても、這い隠れ侍らん』と思ひ侍り((底本「給ひ」。諸本により訂正。))つれども、『往生をなん遂げ侍るべきにて侍れば、誰々にも縁を広く結びおかん』と思ひ給ふれども、『この殿のかたはらにて』と思ひて侍り。こちなくや侍らん」とのたまはせければ、殿、をかしがらせ給ひて、「さらなり。何かは」と仰せのありければ、「嬉しきことにこそ」とて、御所の東の山ぎはの、滝の落ちて、まことにおもしろき所に、石の上に西向になん手を合はせていまそかりけるが、げにそのままにて、やかて息絶えてけり。紫の雲、上に覆ひ、妙(たへ)なる香、御所に満ちてぞ侍りける。 | + | ある時、富家入道殿((藤原忠実))の、中将にていまそかりけるころ、二条になん住みておはしましける時、かの観釈聖、参り給ひて、「今日身まかり侍るべし。『いかならん山中にても、這ひ隠れ侍らん』と思ひ侍り((底本「給ひ」。諸本により訂正。))つれども、『往生をなん遂げ侍るべきにて侍れば、誰々にも縁を広く結びおかん』と思ひ給ふれども、『この殿のかたはらにて』と思ひて侍り。こちなくや侍らん」とのたまはせければ、殿、をかしがらせ給ひて、「さらなり。何かは」と仰せのありければ、「嬉しきことにこそ」とて、御所の東の山ぎはの、滝の落ちて、まことにおもしろき所に、石の上に西向になん手を合はせていまそかりけるが、げにそのままにて、やかて息絶えてけり。紫の雲、上に覆ひ、妙(たへ)なる香、御所に満ちてぞ侍りける。 |
人々集りて、拝みけるなり。その形体をうつし留めて、同じ石にすゑ給へりける、今に侍り。帷(かたびら)の肩の落ちたるを着て、薦(こも)といふものを後ろに引きかけ給へる姿なり。ころは十二月三日とぞ。ことにあはれに侍るかな。 | 人々集りて、拝みけるなり。その形体をうつし留めて、同じ石にすゑ給へりける、今に侍り。帷(かたびら)の肩の落ちたるを着て、薦(こも)といふものを後ろに引きかけ給へる姿なり。ころは十二月三日とぞ。ことにあはれに侍るかな。 |
text/senjusho/m_senjusho03-04.txt · 最終更新: 2016/08/04 22:42 by Satoshi Nakagawa