text:senjusho:m_senjusho02-03
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text:senjusho:m_senjusho02-03 [2016/05/18 21:18] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:senjusho:m_senjusho02-03 [2016/05/18 21:19] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
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ある時、例ならず、この僧、里に出でて人々に言ふやう、「おのれは、暁、往生し侍るべければ、今は限りの対面もあらまほしくて、出で侍るなり。この日ごろのあはれび、尽しがたく思え侍り」と、よにもあはれに言ひけれども、まことしくも思はざりけるに、言ひしごとく、暁、息絶えてけり。あやしき雲、空にそびき、常ならぬ香、庵(いほ)に満ちて、眠れるがごとくして、西に向き、手を合はせて侍りけり。 | ある時、例ならず、この僧、里に出でて人々に言ふやう、「おのれは、暁、往生し侍るべければ、今は限りの対面もあらまほしくて、出で侍るなり。この日ごろのあはれび、尽しがたく思え侍り」と、よにもあはれに言ひけれども、まことしくも思はざりけるに、言ひしごとく、暁、息絶えてけり。あやしき雲、空にそびき、常ならぬ香、庵(いほ)に満ちて、眠れるがごとくして、西に向き、手を合はせて侍りけり。 | ||
- | このこと、伝へ聞くに、あはれに悲しく侍り。まことに、妻男となれるならひ、偕老同穴の契りこまやかに、来ん世を引きかけて頼むわざ浅からず。かの唐土(もろこし)の帝の、空翔けらば、翼を並ぶる鳥となり、地に住まば、枝を連ぬる身とならむ契り、この大和国には、鶉(うづら)となりて鳴きおらんなんど聞くめる。げに、罪深く、頼むめれども、死にて後は、人の心うたてさは、あらぬ色にのみうつりて、頼めし人のことは忘れはてて、こまごまに後世とぶらふ情けを尽くさざるに、この僧の思ひ入りて勤めけん、けにありがたく思えて侍る。「とぶらふ聖、往生し侍りぬれば、とはるる女、よもむなしきわざ侍らじ」と、かへすがへすうらやましく侍り。げに、「いかなれば、生けるほどは、そのこととなく、身のいたづらになりぬるまで、思ふ人の死にて後の苦しみを歎かざるらん」と、悲しく思えて侍り。 | + | このこと、伝へ聞くに、あはれに悲しく侍り。まことに、妻男となれるならひ、偕老同穴の契りこまやかに、来ん世を引きかけて頼むわざ浅からず。 |
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+ | かの唐土(もろこし)の帝の、空翔けらば、翼を並ぶる鳥となり、地に住まば、枝を連ぬる身とならむ契り、この大和国には、鶉(うづら)となりて鳴きおらんなんど聞くめる。げに、罪深く、頼むめれども、死にて後は、人の心うたてさは、あらぬ色にのみうつりて、頼めし人のことは忘れはてて、こまごまに後世とぶらふ情けを尽くさざるに、この僧の思ひ入りて勤めけん、けにありがたく思えて侍る。「とぶらふ聖、往生し侍りぬれば、とはるる女、よもむなしきわざ侍らじ」と、かへすがへすうらやましく侍り。げに、「いかなれば、生けるほどは、そのこととなく、身のいたづらになりぬるまで、思ふ人の死にて後の苦しみを歎かざるらん」と、悲しく思えて侍り。 | ||
さても、この聖は、いづくの人にてか侍りけん。所も知り侍らず、姿ありさまなんどはつた | さても、この聖は、いづくの人にてか侍りけん。所も知り侍らず、姿ありさまなんどはつた |
text/senjusho/m_senjusho02-03.1463573916.txt.gz · 最終更新: 2016/05/18 21:18 by Satoshi Nakagawa