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text:sanboe:ka_sanboe2-12

三宝絵詞

中巻 12 大和国女人

校訂本文

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大和国添上郡(そふのかみのこほり)1)山村郷(やまむらのさと)に一人の女あり。姓名いまだ詳(つまびら)かならず。この女、娘あり。男して二人の子生めり。聟、外(ほか)の国の司に召されぬ。

女子(めこ)を率(ひき)ゐて、その国に至りて二年(ふたとせ)あるに、女の母ありて、娘のために悪しき夢を見て、驚き覚めて、恐れ歎く。「誦経(ずきやう)せむ」と思ふに、家貧しくして物なし。みづから着たる衣(きぬ)を脱ぎて、洗ひ浄(きよ)めて、誦経をしつ。

娘、夫(をとこ)に従ひて、国の館(たち)に住む。二人の子、出でて庭に遊ぶ。母、屋の中(うち)にあり。二人の子、母に言ふ、「家の上に七人の法師ありて、経を読む。早く出でて見給へ」と言ふに、屋の上を聞くに、まことに経を読む声あり。蜂の集まりて鳴くがごとし。

母、怪しびて、庭に出でて見れば、その屋すなはち倒(たう)れぬ。七人の法師たちまちに見えず。女、怖(お)ぢ奇(あや)しみて、心の内に思ふ、「天地のわれを助けて、屋(や)に襲ひ殺させずなりぬるなり」と喜ぶ。

後に母、使(つかひ)をやりて、悪しき夢を見しさまを言ひ、誦経行ひしよしを告ぐ。娘、このよしを聞きて、ますます三宝(さんぼう)を敬ひ奉る。

すなはち知りぬ、誦経の力に三宝の守(まぼ)り給へるなり。霊異記2)に見えたり。

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翻刻

大和国城上(ソウノカミ)郡山村郷ニ一人ノ女アリ姓名イマタ詳ナラス
此女ムスメアリヲトコシテ二人ノ子ウメリ聟外国ノツカサ/n2-36r・e2-33r
ニメサレヌ女コヲヒキヰテソノ国ニイタリテ二年アルニ女ノ母
アリテ娘ノタメニアシキ夢ヲミテ驚サメテヲソレナケク誦経
セムトヲモフニ家マツシクシテ物ナシミツカラキタルキヌヲヌキテ
アラヒキヨメテ誦経ヲシツ娘ヲトコニシタカヒテ国ノ館ニスム二人
ノ子イテテ庭ニアソフ母屋ノ中ニアリ二人ノ子母ニイフ家ノ上ニ
七人ノ法師アリテ経ヲヨムハヤクイテテミ給ヘトイフニ屋ノ上ヲ
キクニマコトニ経ヲヨムコヱアリ蜂ノアツマリテナクカコトシ母アヤ
シヒテ庭ニ出テミレハ其屋即タウレヌ七人ノ法師忽ニミヘス/n2-36l・e2-33l

https://dl.ndl.go.jp/pid/1145963/1/36

女オチアヤシミテ心ノウチニ思フ天地ノ我ヲタスケテヤニヲソヒ
コロサセス成ヌル也トヨロコフ後ニ母使ヲヤリテアシキユメヲ
ミシサマヲイヒ誦経ヲコナヒシヨシヲツク娘コノヨシヲ聞テマスマス
三宝ヲ敬タテマツル即知ヌ誦経ノ力ニ三宝ノマホリ給ヘル
ナリ霊異記ニミヘタリ/n2-37r・e2-34r

https://dl.ndl.go.jp/pid/1145963/1/37

1)
「添上」は底本「城上」に「ソウノカミ」と傍書し別筆で「ソウ」を「シキ」に直す。東大寺切(関戸家本)・前田家本により訂正。
2)
日本霊異記
text/sanboe/ka_sanboe2-12.txt · 最終更新: 2024/09/13 12:49 by Satoshi Nakagawa