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text:mogyuwaka:ndl_mogyuwaka14-11

蒙求和歌

第14第11話(211) 秦密論天

校訂本文

秦密論天1)

蜀の秦宓2)が智あることを聞きて、蜀の国より、張温を遣はして、聘しけり。

張温、まづ秦密をこころみていはく、「天に頭(かしら)ありや。いづれの方にある」。秦密、答へていはく、「詩にいはく、『乃ち春西に顧(かへりみ)る3)』と言へるは、西にあり」。

またいはく、「足ありや」。答へていはく、「詩云く、『艱難を歩む』と言へり。足無くば、何を4)もてか歩まむ」。

またいはく、「天、耳ありや」。答へていはく、「詩にいはく、『九皐に鳴く鶴声、天に聞こゆ5)』と言へり。もし耳無くば、何をもてか聞かむ」。

またいはく、「天に姓ありや」。答へていはく、「姓は劉なり。其の子に、姓は劉なりと言へり。父子、姓異なるあらむや」と答へ終りぬ。

この四つのこと、答ふるところ暗からぬことを、ことに美て、張温、秦密をねむごろに敬ひ拝みけり。

  ひと声も滞りけることぞなきそらに答へし天(あま)のかは波

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秦(シム)密論天  蜀ノ秦密カ智アルコトヲキキテ蜀ノ国/ヨリ張温ヲツカハシテ聘ケリ張温マツ
秦密ヲ心ミテ云ク天ニカシラアリヤイツレノカタニアル秦密
コタヘテ云詩ニ云ク乃(スナハチ)春西ニ顧(カヘリミル)トイヘルハ西ニアリ又云ク/d2-43r
足アリヤコタヘテ云ク詩云ク歩(アユム)艱難ヲイヘリアシナクハナ□ヲ以カ
アユマム又云ク天耳アリヤコタヘテ云ク詩ニ云ク鳴九皐鶴
声冈天ニトイヘリモシ耳ナクハナニヲモテカキカム又云ク天ニ姓
アリヤコタヘテ云ク姓ハ劉ナリ其ノ子ニ姓ハ劉ナリトイヘリ父子
姓コトナルアラムヤトコタヘヲハリヌコノ四ツノコトコタフルトコロ
クラカラヌコトヲ殊ニ美テ張温秦密ヲネムコロニウヤマヒヲカミケリ
  ヒトコエモトトコヲリケルコトソナキ
  ソラニコタヘシアマノカハナミ/d2-43l
1)
正しくは「秦宓論天」。書陵部本も秦密論天だが、「密」の右側に「宓」と傍書。
2)
底本、「秦密」。原拠により訂正。以下すべて同じ。
3)
正しくは「乃眷西顧」。
4)
「何を」は底本「ナ□ヲ」で一字虫損。書陵部本により補う。
5)
「聞」は底本「冈」。原拠等により訂正。なお、書陵部本は、「鶴鳴九皐、声聞天」、原拠は「鶴鳴于九皐、声聞于天」となっている。
text/mogyuwaka/ndl_mogyuwaka14-11.txt · 最終更新: 2018/03/19 14:25 by Satoshi Nakagawa