text:kohon:kohon062
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| text:kohon:kohon062 [2014/09/21 13:29] – [第62話 和泉国の国分寺の住持、吉祥天女に艶寄する事] Satoshi Nakagawa | text:kohon:kohon062 [2025/12/15 13:47] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
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| 今は昔、和泉の国国分寺(こくぶでら)に鐘撞き法師ありけり。鐘撞き歩(あり)きけるに、吉祥天のおはしましけるを、見奉るだに思ひかけ奉りて、かき抱き奉り、引き抓み奉り、口吸ふ真似などして月ごろ経るほどに、夢に見るやう、鐘撞きに上りたるに、例の事なれば、吉祥天をまさぐり奉るに、うちはたらきてのたまふやう、「わ法師の、月ごろ我を思ひかけて、かくする。いとあはれなり。我、汝が妻(め)にならむ。その月のその日、播磨の印南野(いなみの)にかならず来会へ。そこにてぞ会はむずる」と見て覚めて、うれしきこと限りなし。物仰せられつる御顔の、現(うつつ)のやうに面影に立ちて見えさせ給へば、「いつしか、その月日になれかし」とおぼゆ。 | 今は昔、和泉の国国分寺(こくぶでら)に鐘撞き法師ありけり。鐘撞き歩(あり)きけるに、吉祥天のおはしましけるを、見奉るだに思ひかけ奉りて、かき抱き奉り、引き抓み奉り、口吸ふ真似などして月ごろ経るほどに、夢に見るやう、鐘撞きに上りたるに、例の事なれば、吉祥天をまさぐり奉るに、うちはたらきてのたまふやう、「わ法師の、月ごろ我を思ひかけて、かくする。いとあはれなり。我、汝が妻(め)にならむ。その月のその日、播磨の印南野(いなみの)にかならず来会へ。そこにてぞ会はむずる」と見て覚めて、うれしきこと限りなし。物仰せられつる御顔の、現(うつつ)のやうに面影に立ちて見えさせ給へば、「いつしか、その月日になれかし」とおぼゆ。 | ||
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| さて、後はいとどをのやうにもこそなけれど、いと貧しからぬ者にて、いとよくて、聖にてやみにけると、人の語りしなり。 | さて、後はいとどをのやうにもこそなけれど、いと貧しからぬ者にて、いとよくて、聖にてやみにけると、人の語りしなり。 | ||
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text/kohon/kohon062.1411273779.txt.gz · 最終更新: by Satoshi Nakagawa
