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text:kohon:kohon051 [2014/09/21 13:25] – [第51話 西三条殿の若君、百鬼夜行に遇ふ事] Satoshi Nakagawa | text:kohon:kohon051 [2018/05/27 18:52] – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
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===== 校訂本文 ===== | ===== 校訂本文 ===== | ||
- | 今は昔、西(さい)三条殿の若君、いみじき色好みにておはしましけり。昔の人は、大人び給ふまで、御元服などもし給はざりけるにこそ。 | + | 今は昔、西三条殿((藤原良相))の若君((藤原常行))、いみじき色好みにておはしましけり。昔の人は、大人び給ふまで、御元服などもし給はざりけるにこそ。 |
- | その若君、東(ひんがし)の宮に思ふ女持ちて、時々おはしけるを、殿、上、「夜歩(よるありき)きし給ふ」とて、いみじく申し給ひければ、人にも知られで、侍の馬を召して、小舎人童(こどねりわらは)一人ばかり具して、殿は西の大宮よりは東、三条よりは北なり、二条へ出でて東ざまへおはしけるに、美福門の前のほどに、東の大宮の方より、人、二・三百人ばかり、火灯して、ののしりて来。 | + | その若君、東の京に思ふ女持ちて、時々おはしけるを、殿、上、「夜歩(よるありき)きし給ふ」とて、いみじく申し給ひければ、人にも知られで、侍の馬を召して、小舎人童一人ばかり具して、殿は西の大宮よりは東、三条よりは北なり、二条へ出でて東ざまへおはしけるに、美福門の前のほどに、東の大宮の方より、人、二三百人ばかり、火灯して、ののしりて来。 |
- | 「いかがせんずる。いづくにか隠れんずる」と、若君のたまへば、童の申すやう、「昼見候ひつれば神泉(しせん)の北の方の御門、開きて候ひつ。それに入りて、立たせおはしませ」と言へば、馳せ向かひて、北の方の門に入り給ふ。柱のもとに、屈まりゐぬ。 | + | 「いかがせんずる。いづくにか隠れんずる」と、若君のたまへば、童の申すやう、「昼見候ひつれば、神泉(しせん)の北の方の御門、開きて候ひつ。それに入りて、立たせおはしませ」と言へば、馳せ向かひて、北の方の門に入り給ふ。柱のもとに、かがまりゐぬ。 |
- | 火灯して過ぐる物どもを見給へば、手三つ付きて、足一つ付きたる物あり。目一付きたるものあり。「早く鬼なりけり」と思ふに、物もおぼえずなりぬ。 | + | 火灯して過ぐるものどもを見給へば、手三つ付きて、足一つ付きたるものあり。目一つ付きたるものあり。「早く、鬼なりけり」と思ふに、ものも思えずなりぬ。 |
- | うつぶしてあるに、この鬼ども、「ここに人気配こそすれ。搦め候はん」と言へば、もの一人、走りかかりて来なり。今は若君、「限りぞ」と思ふに、近くも寄らで走り返りぬ。「など搦めぬぞ」と言ふなれば、「え搦め候はぬなり」と言ふ。「など搦めざるべきぞ。たしかに搦めよ」とて、また異鬼(ことおに)をおこす。同じ事、近くも寄らず、走り返りて往ぬ。「いかにぞ。搦めたりや」「え搦め候はず」と言へば、「いとあやしき事申す。いで、をのれ搦めん」と言ひて、かくをきつる物、走り来て、先々よりは近く来て、むげに手かけつべく来ぬ。「今は限り」と思ひてある間に、また走り返りて往ぬ。 | + | うつぶしてあるに、この鬼ども、「ここに人気配こそすれ。搦め候はん」と言へば、もの一人、走りかかりて来なり。今は若君、「限りぞ」と思ふに、近くも寄らで走り返りぬ。「など搦めぬぞ」と言ふなれば、「え搦め候はぬなり」と言ふ。「など搦めざるべきぞ。たしかに搦めよ」とて、また異鬼(ことおに)をおこす。同じこと、近くも寄らず、走り返りて往ぬ。「いかにぞ。搦めたりや」「え搦め候はず」と言へば、「いとあやしきこと申す。いで、をのれ搦めん」と言ひて、かくをきつる物、走り来て、先々よりは近く来て、むげに手かけつべく来ぬ。「今は限り」と思ひてある間に、また走り返りて往ぬ。 |
「いかにぞ」と問へば、「まことにえ搦め候ふまじきなりけり」と言ふ。「いかなれば」と人だちたるもの言ふなり。「尊勝陀羅尼のおはしますなり」と言ふ声を聞きて、多く灯したる火、一度(ひとたび)にうち消つ。東西に走り散る音して失せぬ。中々その後、頭の毛太りて、恐しきこと限りなし。 | 「いかにぞ」と問へば、「まことにえ搦め候ふまじきなりけり」と言ふ。「いかなれば」と人だちたるもの言ふなり。「尊勝陀羅尼のおはしますなり」と言ふ声を聞きて、多く灯したる火、一度(ひとたび)にうち消つ。東西に走り散る音して失せぬ。中々その後、頭の毛太りて、恐しきこと限りなし。 | ||
- | さ言ひて、あるべき事ならねば、我(あれ)にもあらで、馬に乗りて、親の御もとへ帰り給ひて、心地のいみじく悪しかりければ、やをら臥しぬ。御身もいと熱くなりぬ。 | + | さ言ひて、あるべきことならねば、我(あれ)にもあらで、馬に乗りて、親の御もとへ帰り給ひて、心地のいみじく悪しかりければ、やをら臥しぬ。御身もいと熱くなりぬ。 |
- | 乳母(めのと)、「いづくにおはしましたりつるぞ。殿、上の、『かばかり夜歩きせさせ給ふ』とて申させ給ふに、『かくおはします』と聞かせ給はば、いかに申させ給はん」と言ひて、近く寄りて見るに、いと苦しげなれば、「など、かくはおはしますぞ」とて、見もかいさぐれば、いみじく熱げなれば、「あないみじ。にはかに」とて乳母惑ふ。 | + | 乳母(めのと)、「いづくにおはしましたりつるぞ。殿、上の、『かばかり夜歩きせさせ給ふ』とて申させ給ふに、『かくおはします』と聞かせ給はば、いかに申させ給はん」と言ひて、近く寄りて見るに、いと苦しげなれば、「など、かくはおはしますぞ」とて、身もかいさぐれば、いみじく熱げなれば、「あないみじ。にはかに」とて乳母まどふ。 |
- | その折に、ありつるやうを語る。乳母、「稀有(けふ)に候ひけることかな。兄人(せうと)の阿闍梨(あざり)に書かせて、御頸に入れ候ひしが、いみじく貴く候ひけることかな。あなあさまし。さ無からましかば、いかならん」と言ひて、額に手を当てて泣くこと限りなし。二三日ばかり、ぬるみ給ひたりければ、御祈りどもはじめ、殿、上、騒ぎ給ひけり。 | + | その折に、ありつるやうを語る。乳母、「稀有(けふ)に候ひけることかな。兄人(せうと)の阿闍梨(あざり)に書かせて、御頸に入れ候ひしが、いみじく貴く候ひけることかな。あなあさまし。さなからましかば、いかならん」と言ひて、額に手を当てて泣くこと限りなし。二三日ばかり、ぬるみ給ひたりければ、御祈りどもはじめ、殿、上、騒ぎ給ひけり。 |
- | 暦を見給ひければ、夜行(やきやう)にてその夜ありけり。「なほ守(なぼ)りは身に具すべきなりけり」と人言ひて、守りを人かけ奉る。今もなを具し奉るべきなり。 | + | 暦を見給ひければ、夜行にてその夜ありけり。「なほ、守りは身に具すべきなりけり」と人言ひて、守りを人かけ奉る。今もなほ具し奉るべきなり。 |
===== 翻刻 ===== | ===== 翻刻 ===== | ||
行 34: | 行 34: | ||
おとなひ給まて御けんふくなともしたまはさ | おとなひ給まて御けんふくなともしたまはさ | ||
- | りけるにこそそのわかきみひんかしの宮に思 | + | りけるにこそそのわかきみひんかしの京に思 |
女もちてときときおはしけるを殿うへよるあ | 女もちてときときおはしけるを殿うへよるあ | ||
りきしたまふとていみしく申給けれは人 | りきしたまふとていみしく申給けれは人 |
text/kohon/kohon051.txt · 最終更新: 2018/05/27 22:38 by Satoshi Nakagawa