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text:kankyo:s_kankyo030 [2015/08/05 04:46] – 作成 Satoshi Nakagawatext:kankyo:s_kankyo030 [2018/07/02 22:27] – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
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 かかるに、いくほどもあらで、「このほど、まかり出でたること侍り。今夜(こよひ)はこれに侍るべし」と言ひたり。さるべきやうに出で立ちて行きぬ。 かかるに、いくほどもあらで、「このほど、まかり出でたること侍り。今夜(こよひ)はこれに侍るべし」と言ひたり。さるべきやうに出で立ちて行きぬ。
  
-この人、出で会ひて、「仰せのぎなく重ければ、まかり出でて侍り。ただし、この身のありさま、臭く穢(けが)らはしきこと、たとへて言はんかたなし。頭(かしら)の中(うち)には、脳髄(なづき)、間なく湛(たた)へたり。膚(はだへ)の中に、肉(ししむら)・骨を纏(まつ)へり。すべて血流れ、膿汁(うみしる)垂りて、一つも近付くべきことなし。しかあるを、様々(さまざま)の他の匂ひをやとひて、いささかその身を飾りて侍れば、何となく心にくきさまに侍るにこそありけれ。そのまことの有様を見給はば、さだめて、けうとく恐しくこそ思しなり給はめ。このよしをも、細かに口説き申さむとて、『里へ』とは申し侍りしなり」とて、「人やある。火灯して参れ」と言ひければ、切灯台(きりとうだい)に火いと明く灯して来たり。+この人、出で会ひて、「仰せのゆるぎなく重ければ、まかり出でて侍り。ただし、この身のありさま、臭く穢(けが)らはしきこと、たとへて言はんかたなし。頭(かしら)の中(うち)には、脳髄(なづき)、間なく湛(たた)へたり。膚(はだへ)の中に、肉(ししむら)・骨を纏(まつ)へり。すべて血流れ、膿汁(うみしる)垂りて、一つも近付くべきことなし。しかあるを、様々(さまざま)の他の匂ひをやとひて、いささかその身を飾りて侍れば、何となく心にくきさまに侍るにこそありけれ。そのまことの有様を見給はば、さだめて、けうとく恐しくこそ思しなり給はめ。このよしをも、細かに口説き申さむとて、『里へ』とは申し侍りしなり」とて、「人やある。火灯して参れ」と言ひければ、切灯台(きりとうだい)に火いと明く灯して来たり。
  
 さて、引き物を開けつつ、「かくなん侍るを、いかでか御覧じ忍び給ふべき」とて、出でたりけり。髪はそそけ上がりて、鬼などのやうにて、あてやかなりし顔も、青く、黄に変りて、足なども、その色ともなく、いぶせく汚なくて、血ところどころ付きたる、衣(きぬ)のあり香、まことに臭く耐へがたきさまにて、さし出でて、さめざめと泣きて、「日ごとにつくろひ侍るわざを留めて、ただ我が身のなりゆくにまかせて侍れば、姿も着るものも、かくなん侍るにはあらずや。そこは、仏道近き御身なれば、偽りの色を見せ奉らむも、かたがた畏れも侍りぬべければ、かやうにうちとけ侍りぬるなり」と、かき口説き言ひけり。 さて、引き物を開けつつ、「かくなん侍るを、いかでか御覧じ忍び給ふべき」とて、出でたりけり。髪はそそけ上がりて、鬼などのやうにて、あてやかなりし顔も、青く、黄に変りて、足なども、その色ともなく、いぶせく汚なくて、血ところどころ付きたる、衣(きぬ)のあり香、まことに臭く耐へがたきさまにて、さし出でて、さめざめと泣きて、「日ごとにつくろひ侍るわざを留めて、ただ我が身のなりゆくにまかせて侍れば、姿も着るものも、かくなん侍るにはあらずや。そこは、仏道近き御身なれば、偽りの色を見せ奉らむも、かたがた畏れも侍りぬべければ、かやうにうちとけ侍りぬるなり」と、かき口説き言ひけり。
text/kankyo/s_kankyo030.txt · 最終更新: 2018/07/02 22:32 by Satoshi Nakagawa