text:kankyo:s_kankyo024
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| text:kankyo:s_kankyo024 [2015/07/22 14:00] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:kankyo:s_kankyo024 [2026/02/02 10:06] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
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| ===== 校訂本文 ===== | ===== 校訂本文 ===== | ||
| - | 中比のことにや、美濃の国と聞きしなめり。いたう無下ならぬ男、ことのたよりにつけて、彼の国に、ある人の娘に行き交ふことありけり。 | + | [[s_kankyo023|<< |
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| + | 中ごろのことにや、美濃の国と聞きしなめり。いたう無下ならぬ男、ことのたよりにつけて、彼の国に、ある人の娘に行き交ふことありけり。 | ||
| ほども遥かなりければ、さこそは心の外(ほか)の絶え間もありけめ、いまだ世の中を見馴れぬ心にや、ふつに憂きふしに思ひなしてけり。まれの逢瀬(あふせ)も、また、かやうの心や見えけん、男も恐しくなんなりにける。 | ほども遥かなりければ、さこそは心の外(ほか)の絶え間もありけめ、いまだ世の中を見馴れぬ心にや、ふつに憂きふしに思ひなしてけり。まれの逢瀬(あふせ)も、また、かやうの心や見えけん、男も恐しくなんなりにける。 | ||
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| あまたの里の者、おのおの言ひ合はせて、「さらば、この堂に火をつけて焼きてみん。さて、堂を集まりて造るにこそは侍らめ。仏を仇(あた)む心にても焼かばこそ罪にても侍らめ。など言ひつつ、その日と定めて、弓・矢籠(しこ)掻い付け、やみのあきまなどしたためて、寄り来にけり。 | あまたの里の者、おのおの言ひ合はせて、「さらば、この堂に火をつけて焼きてみん。さて、堂を集まりて造るにこそは侍らめ。仏を仇(あた)む心にても焼かばこそ罪にても侍らめ。など言ひつつ、その日と定めて、弓・矢籠(しこ)掻い付け、やみのあきまなどしたためて、寄り来にけり。 | ||
| - | さて、火をつけて焼くほどに、半(なか)らほど焼くるに、天井より角(つの)五つある物、赤き裳(も)腰に巻きたるが、いひ知らずけうとげなる、走り降りたり。「さればこそ」とて、各々(おのおの)弓を引きて向ひたりければ、「しばし物申さん。さうなくなあやまち給ひそ」と言ひけり。「何者ぞ」と言ひければ、「我は、これ、そこの某(なにがし)の娘なり。悔しき心をおこして、かうかうのことをして、出でて侍りしなり。さて、その男をば、やがてとり殺してき。その後は、いかにも元の姿にはえならで侍りしほどに、世中もつつましく、居所もなくて、この堂になん隠れて侍りつる。さるほどに、生ける身のつたなさは、物の欲しさ、堪へ忍ぶべくもなし。すべて辛(から)かりけるわざにて、身の苦しみ、言ひ述べがたし。夜昼は身の内の燃え焦がるるやうに思えて、悔しく、よしなきこと限りなし。願はくは、そこたち、必ず集りて、心を致して、一日のうちに法華経書き供養して、とぶらひ給へ。また、このうちの人々、おのおの妻子(めこ)あらむ人は、必ずこのこと言ひ広めて、『あなかしこ、さやうの心をおこすな』と戒め給へ」とぞ言ひける。 | + | さて、火をつけて焼くほどに、半(なか)らほど焼くるに、天井より角(つの)五つある物、赤き裳(も)腰に巻きたるが、いひ知らずけうとげなる、走り降りたり。「さればこそ」とて、各々(おのおの)弓を引きて向ひたりければ、「しばし物申さん。さうなくなあやまち給ひそ」と言ひけり。「何者ぞ」と言ひければ、「我は、これ、そこの何某(なにがし)の娘なり。悔しき心をおこして、かうかうのことをして、出でて侍りしなり。さて、その男をば、やがてとり殺してき。その後は、いかにも元の姿にはえならで侍りしほどに、世中もつつましく、居所もなくて、この堂になん隠れて侍りつる。さるほどに、生ける身のつたなさは、物の欲しさ、堪へ忍ぶべくもなし。すべて辛(から)かりけるわざにて、身の苦しみ、言ひ述べがたし。夜昼は身の内の燃え焦がるるやうに思えて、悔しく、よしなきこと限りなし。願はくは、そこたち、必ず集りて、心を致して、一日のうちに法華経書き供養して、とぶらひ給へ。また、このうちの人々、おのおの妻子(めこ)あらむ人は、必ずこのこと言ひ広めて、『あなかしこ、さやうの心をおこすな』と戒め給へ」とぞ言ひける。 |
| さて、さめざめと泣きて、火の中に飛び入りて、焼けて死ににけり。けうときものから、さすがまたあはれなり。 | さて、さめざめと泣きて、火の中に飛び入りて、焼けて死ににけり。けうときものから、さすがまたあはれなり。 | ||
| げに、心の早りのままに、ただ一念の妄念にはかされて、長き苦しみを受けけむ、さこそは悔しく悲しく侍りけめ。その人の行方、よも良く侍らじものを。孝養(けうやう)もしやしけん、それまでは語るとも、覚えず侍りき。 | げに、心の早りのままに、ただ一念の妄念にはかされて、長き苦しみを受けけむ、さこそは悔しく悲しく侍りけめ。その人の行方、よも良く侍らじものを。孝養(けうやう)もしやしけん、それまでは語るとも、覚えず侍りき。 | ||
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