text:kankyo:s_kankyo013
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| 中ごろ、高野に南筑紫(みなみつくし)といふ往生人ありけり。筑紫の者の二人、高野に住みて、北南に住処(すみか)をかまへて侍りければ、時の人、「南筑紫」・「北筑紫」と言ひけるなるべし。この南筑紫は、日に一合の御料(ごれう)を食ひて、さらにその他の物も食はずありければ、痩せ衰へてぞ侍りける。 | 中ごろ、高野に南筑紫(みなみつくし)といふ往生人ありけり。筑紫の者の二人、高野に住みて、北南に住処(すみか)をかまへて侍りければ、時の人、「南筑紫」・「北筑紫」と言ひけるなるべし。この南筑紫は、日に一合の御料(ごれう)を食ひて、さらにその他の物も食はずありければ、痩せ衰へてぞ侍りける。 | ||
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| この事を聞きしより、深く身にしみて忘るる時なし。かの山雀のいにしへも、ことにあはれに偲ばしく侍り。されば、仏は、あるいは「三口食へ」とも教へ給ふ。あるいは、「五口食へ」とも仰せられたり。また、舎利弗は、「五口六口食ひて、これをたすには水をもてせよ」と言へり。されば、龍樹菩薩は、「身を益して、馬を養ふがごとくはすべからず」と説き給ひて、天台大師((底本「台」に「タイ」と傍書。))は、「食の法たることは、もと身をたすけて路に進まさむがためなり」と説き給へり。これらの教へを聞かずして、おのづから山雀のゆゑに悟りを発(をこ)しけん心、げにありがたく侍るべし。また、伝へ聞きて、「げに」と身にしみけん人も、かしこき心なり。 | この事を聞きしより、深く身にしみて忘るる時なし。かの山雀のいにしへも、ことにあはれに偲ばしく侍り。されば、仏は、あるいは「三口食へ」とも教へ給ふ。あるいは、「五口食へ」とも仰せられたり。また、舎利弗は、「五口六口食ひて、これをたすには水をもてせよ」と言へり。されば、龍樹菩薩は、「身を益して、馬を養ふがごとくはすべからず」と説き給ひて、天台大師((底本「台」に「タイ」と傍書。))は、「食の法たることは、もと身をたすけて路に進まさむがためなり」と説き給へり。これらの教へを聞かずして、おのづから山雀のゆゑに悟りを発(をこ)しけん心、げにありがたく侍るべし。また、伝へ聞きて、「げに」と身にしみけん人も、かしこき心なり。 | ||
| - | つらつら思ひ続くれば、この一盛りの食ひ物は、数もなき労(わづら)ひより来たれるにはあらずや。春の日の長きに、山田を返す賤(しづ)の男(お)の、引くしめ縄のうちはへて営み立つる労ひ、驚かす鳴子の山田の原の仮庵(かりいほ)。霜冴ゆるまでたしなみて、晩稲(おしね)を積める営み、あるひは、上れば下る稲舟(いなふね)に、水馴れ竿差しわび、あるいは逢坂山のはげしきに、脚を早むる駒もあり。また、手づから追ひ、みづから荷なへる営み。その数いくそばくぞや。いかにいはんや、山人の、ねるやねりその手もたゆく、力をつくせる薪(たきぎ)にてこれを営み、月の夜ごろは寝(い)ねもせず、からく営める塩竈の行方(ゆくゑ)などを思ふに、涙もとどまらす思えて、「我、これを食ひて、今日、その経その伝を開きて、聊((底本「イササカ」と傍書))心を発(おこ)しつ。この功徳をば、あまねく分かちて、この営みの人々に施す」など思ひ居て侍るぞかし。 | + | つらつら思ひ続くれば、この一盛りの食ひ物は、数もなき労(わづら)ひより来たれるにはあらずや。春の日の長きに、山田を返す賤(しづ)の男(お)の、引くしめ縄のうちはへて営み立つる労ひ、驚かす鳴子の山田の原の仮庵(かりいほ)。霜冴ゆるまでたしなみて、晩稲(おしね)を積める営み、あるひは、上れば下る稲舟(いなふね)に、水馴れ竿差しわび、あるいは逢坂山のはげしきに、脚を早むる駒もあり。また、手づから追ひ、みづから担へる営み。その数いくそばくぞや。いかにいはんや、山人の、ねるやねりその手もたゆく、力をつくせる薪(たきぎ)にてこれを営み、月の夜ごろは寝(い)ねもせず、からく営める塩竈の行方(ゆくゑ)などを思ふに、涙もとどまらす思えて、「我、これを食ひて、今日、その経その伝を開きて、聊((底本「イササカ」と傍書))心を発(おこ)しつ。この功徳をば、あまねく分かちて、この営みの人々に施す」など思ひ居て侍るぞかし。 |
| しかあるに、憚りなくいたはりなく、いみじく多く食ひて、しはてには、こぼし散らしなどせんこと、その罪いかばかりぞや。願はくは、帳の外(ほか)を出でず、褥(しとね)の上を下らず、いまそからんあたりまで、げにと思しとがめさせ給はば、功徳にや侍る。 | しかあるに、憚りなくいたはりなく、いみじく多く食ひて、しはてには、こぼし散らしなどせんこと、その罪いかばかりぞや。願はくは、帳の外(ほか)を出でず、褥(しとね)の上を下らず、いまそからんあたりまで、げにと思しとがめさせ給はば、功徳にや侍る。 | ||
| - | されば、唐土(もろこし)には、いかなる者の姫君も、食ひ物などしどけなげに食ひ散らしなどは、ゆめゆめせず。世にうたてきことになん、申し侍りしなり。この国は、いかに習はしたりけるこよやらん、はや癖になりにたれば、改めがたかるべし。ただ、かなひぬべからんほどを、御慎みもあれかし。 | + | されば、唐土(もろこし)には、いかなる者の姫君も、食ひ物などしどけなげに食ひ散らしなどは、ゆめゆめせず。世にうたてきことになん、申し侍りしなり。この国は、いかに習はしたりけることやらん、はや癖になりにたれば、改めがたかるべし。ただ、かなひぬべからんほどを、御慎みもあれかし。 |
| 仏の、「この一粒(りう)の米(よね)を思ひはかるに、百の功を用ゐたり」と仰せられ、龍樹菩薩の、「これをはかり思ふに、食は少なけれども汗は多し」とのたまへる、あはれにこそ侍れ。 | 仏の、「この一粒(りう)の米(よね)を思ひはかるに、百の功を用ゐたり」と仰せられ、龍樹菩薩の、「これをはかり思ふに、食は少なけれども汗は多し」とのたまへる、あはれにこそ侍れ。 | ||
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