text:kankyo:s_kankyo012
差分
このページの2つのバージョン間の差分を表示します。
| 次のリビジョン | 前のリビジョン | ||
| text:kankyo:s_kankyo012 [2015/06/13 20:14] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:kankyo:s_kankyo012 [2026/01/19 14:48] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
|---|---|---|---|
| 行 7: | 行 7: | ||
| ===== 校訂本文 ===== | ===== 校訂本文 ===== | ||
| + | |||
| + | [[s_kankyo011|<< | ||
| 中ごろ、近江国石塔((底本「石堂」。諸本により訂正))といふ所に僧ありけり。年半ばに余りて、世を厭ふ心なん深く侍りける。 | 中ごろ、近江国石塔((底本「石堂」。諸本により訂正))といふ所に僧ありけり。年半ばに余りて、世を厭ふ心なん深く侍りける。 | ||
| 行 26: | 行 28: | ||
| さて、七月七日、草のとざし静かにして、ひそかに息絶えにけり。その時、あやしき雲、空に見えければ、人々驚きて尋ぬるに、この人の隠れぬることを知りぬ。さて、七日が間、あまねく人に縁をなん結ばせける。いみじくありがたく侍りける心の内なるべし。 | さて、七月七日、草のとざし静かにして、ひそかに息絶えにけり。その時、あやしき雲、空に見えければ、人々驚きて尋ぬるに、この人の隠れぬることを知りぬ。さて、七日が間、あまねく人に縁をなん結ばせける。いみじくありがたく侍りける心の内なるべし。 | ||
| - | 人のならひには、いかになり果つるまでも、ほどにふれつつ、「骨をば埋(うづ)むとも名をば埋まじ」と思ひためるに、今、この人の様(さま)、いかでか仏も御覧じとがめす侍るべき。かやうにふつに身を捨て侍る人には、終りの時、必ず目立たしきほどの瑞相((底本「瑞」に「スイ」と傍書。)の侍るなめり。なほなほあはれに侍り。 | + | 人のならひには、いかになり果つるまでも、ほどにふれつつ、「骨をば埋(うづ)むとも名をば埋まじ」と思ひためるに、今、この人の様(さま)、いかでか仏も御覧じとがめす侍るべき。かやうにふつに身を捨て侍る人には、終りの時、必ず目立たしきほどの瑞相((底本「瑞」に「スイ」と傍書。))の侍るなめり。なほなほあはれに侍り。 |
| - | + | ||
| + | [[s_kankyo011|<< | ||
| ===== 翻刻 ===== | ===== 翻刻 ===== | ||
text/kankyo/s_kankyo012.1434194096.txt.gz · 最終更新: by Satoshi Nakagawa
