text:kankyo:s_kankyo003
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| text:kankyo:s_kankyo003 [2015/05/31 13:19] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:kankyo:s_kankyo003 [2026/01/14 12:21] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
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| 昔、奈良の京、興福寺の僧にて、玄賓僧都といふ人おはしけり。智行ともにそなはりて、御門、僧都の位を授け給ひければ、歌を詠みて這ひ隠れにける | 昔、奈良の京、興福寺の僧にて、玄賓僧都といふ人おはしけり。智行ともにそなはりて、御門、僧都の位を授け給ひければ、歌を詠みて這ひ隠れにける | ||
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| さてまた、つくづくと思ふには、このあやしの山の中に身を隠しても、八年(やとせ)の秋を送り来ぬ。天竺・晨旦の文をも、ここにて多く開けり。さるべき契にて、この山の水を飲み、この山の柴折り焼(く)ぶべき身にこそはあるらめと、思ひのどむる時もあり。かかるままには、ただかやうの人の跡を思ひ出でて、慕ひ悲しみて、心をやすめ侍れば、せめてのむつましさに記し入れ侍りぬるなるべし。 | さてまた、つくづくと思ふには、このあやしの山の中に身を隠しても、八年(やとせ)の秋を送り来ぬ。天竺・晨旦の文をも、ここにて多く開けり。さるべき契にて、この山の水を飲み、この山の柴折り焼(く)ぶべき身にこそはあるらめと、思ひのどむる時もあり。かかるままには、ただかやうの人の跡を思ひ出でて、慕ひ悲しみて、心をやすめ侍れば、せめてのむつましさに記し入れ侍りぬるなるべし。 | ||
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text/kankyo/s_kankyo003.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa
