中巻 第2 エジツトの帝王より不審の返答の事
校訂本文
さるほどに、イソポ、かのはかりごと1)にたくみけるは、ギリホといふ大きなる鳥を四つ生きながら捕つて、その足に籠(かご)を結ひ付け、その中に童子一人づつ入れ置き、その鳥の餌食2)(ゑじき)を持たせ、餌食を上ぐる時は飛び上がり、下ぐる時は飛び下がるやうにして、以上四つこしらへたり。これを試むるにつつがなし。このよしを奏聞すれば、御門大きに御感(ぎよかん)あり。「さらば」とて、エジツトに至りぬ。
エジツトの人々、イソポが姿のをかしげなるを見て、笑ひあざけることかぎりなし。されども、イソポ、少しもはばかる気色(けしき)もなく、庭上(ていしよう)にかしこまる。国王。このよし叡覧(えいらん)あつて、「バビラウニヤの御使ひは御辺(ごへん)にて侍るか。『虚空に殿閣(でんかく)立つべき』との不審はいかに」と、のたまへば、「承はり候ふ」とて、わが屋に帰りぬ。
されば、このこと風聞して、都鄙(とひ)なんきやう3)の者ども、「これを見ん」とて、都に上りぬ。その日に臨んで、かのギリホをこしらへ庭上にすゑ、「所はいづくぞ」と申しければ、「あの辺りこそよかんめれ」と仰せければ、かの辺りにさし放す。四つの鳥、四所に立ちてひらめきける所に、籠の中より、童(わらべ)の声として呼ばはりけるは、「この所に殿閣を建てんことやすし。はやく土と石を運び上げ給へ」とののしりければ、御門を始め奉り、月卿雲客(げつけいうんかく)・女房たちに至るまで、「げに、ことはりなる返答かな」と、あきれ果ててぞおはしける。
御門、このよし叡覧あつて、「いとかしこきはかりごとかな」とて、イソポを尊(たつと)み給ふ。「今日よりして、わが師たるべし」と定め給ひけるとぞ。
万治二年版本挿絵
翻刻
第二 ゑしつとの帝王よりふしんの返答の事 去程にいそほかのはかり事にたくみけるはきり/2-38l
https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/38
ほといふ大なる鳥を四いきなからとつてその足 にかこをゆいつけその中に童子一人つつ入おき 其鳥の衣食をもたせえしきをあくるときはとひあ かりさくる時はとひさかるやうにして以上四つ こしらへたり是をこころむるにつつかなし此由を そうもんすれは御門大きに御かんありさらはとて ゑしつとにいたりぬゑしつとの人々いそほかすか たのおかしけなるをみてわらひあさける事かきり なしされともいそ保少もははかる気色もなく庭上 にかしこまる国王此よしえいらんあつてはひらう にやの御使は御辺にて侍るかこくうにてんかく立/2-39r
へきとのふしんはいかにとのたまへは承候とてわか やにかへりぬされは此事風聞してとひなんきやう の者共是をみんとて都にのほりぬその日にのそん てかのきりほをこしらへ庭上にすへ所はいつく そと申けれはあの辺こそよかんめれと仰けれはかの辺 にさしはなす四つの鳥四所にたちてひらめきける 所に籠の中よりわらへの声としてよははりける はこの所にてんかくをたてん事やすしはやく土 と石をはこひあけ給へとののしりけれは御門を始 め奉り月けいうんかく女房達にいたるまてけに ことはりなる返答かなとあきれはててそおはし/2-39l
https://dl.ndl.go.jp/pid/2532142/1/39
ける御門此由えいらんあつていとかしこきはかり ことかなとていそ保をたつとみ給ふけふよりして 我師たるへしとさため給ひけるとそ/2-40r