text:chomonju:s_chomonju662
古今著聞集 草木第二十九
662 承元四年正月のころ内裏にて日給果てて源仲朝以下蔵人町へまかりけるに・・・
校訂本文
承元四年1)正月のころ、内裏(大炊殿)にて、日給果てて、源仲朝以下蔵人町へまかりけるに、大炊御門おもての唐門より、なえなえとある衣冠の人参りけり。「主殿(とのも)の官人が朝浄めに参るにや」と見侍りければ、尻さへよられたる薄青をのひとへ狩衣着たる侍を一人具したり。「誰やらん」と見ければ、冷泉中将定家朝臣2)なりけり。
「ただ今、何しに参るやらん」と怪しく見るに、南庭へ向かひて、渡殿(わたどの)の前なる八重桜のもとに至りて立ちたり。花のころにもあらぬに、梢を見上げて、やや久しくほど経て、侍を木にのぼせて、枝一つを切らせて下ろさる。その枝を袍の袖ぐくみに取りて出でにけり。
ことのやう何とは知らねど、優(いう)に覚えければ、内々そのやうを披露してけり。「花を賞して、接木せむとて取らせけるにこそ」と御沙汰ありて、「そのしるし言ひやるべし」と勅(みことのり)ありければ、女房伯耆、紅の薄様に書きてつかはしける、
なき名ぞと後にとがむな八重桜移さむやとは隠れしもなし
返し
暮ると明くと君に仕ふる九重の八重咲く花の陰をしぞ思ふ
翻刻
承元四年正月の比内裏(大炊殿)にて日給はてて源仲 朝以下蔵人町へまかりけるに大炊御門おもての唐 門よりなへなへとある衣冠の人まいりけり主殿官人 か朝きよめにまいるにやと見侍けれはしりさへよられ たるうすあをのひとへ狩衣きたる侍を一人くしたり 誰やらんとみけれは冷泉中将定家朝臣なりけり 只今なにしにまいるやらんとあやしくみるに南庭へ むかひてわたとのの前なる八重桜のもとにいたりて 立たり花の比にもあらぬに梢を見あけてやや/s522r
久しく程へて侍を木にのほせて枝一をきらせて をろさるその枝を袍の袖くくみにとりて出にけり ことの様何とはしらねと優におほえけれは内々その やうを披露してけり花を賞してつき木せむ とてとらせけるにこそと御沙汰ありてそのしるし いひやるへしとみことのりありけれは女房伯耆く れなゐのうす様に書てつかはしける なき名そと後にとかむな八重桜うつさむやとはかくれしもなし 返し くるとあくと君につかふる九重のやへさく花の陰をしそ思ふ/s522l
text/chomonju/s_chomonju662.txt · 最終更新: 2021/01/10 13:06 by Satoshi Nakagawa