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text:chomonju:s_chomonju555

古今著聞集 興言利口第二十五

555 近ごろ無沙汰の智了房といふ者ありけり・・・

校訂本文

近ごろ無沙汰の智了房といふ者ありけり。能書にてなむ侍りける。

ある人、古今1)を書き写してとて、あつらへたりけるを、受け取りながらおほかた書かざりければ、主(ぬし)しかねて、「今はただ書かずとも返し給ふべし」と言ひければ、智了房答へけるは、「過ぎ候にしころ、痢病(りびやう)をつかうまつりしに、紙多くいり候ひしに、術(ずち)尽き候ひて、さりとてはとて、その古今の料紙をみなこれを用ゐ候ふなり」と言ひければ、主、言ふばかりなく覚えて、「料紙こそさやうにもし給ひたらめ、本は候ふらむ。それを返し賜はらん」と言へば、智了房、「そのことに候ふ。その本をも紙みそうづにみなつかうまつりて候ふをば、いかがし候ふべき」と言へりけり。ともかくも言ふことなくて、やみにけり2)

無沙汰の名を付きけれども、もつてのほかに沙汰ききてぞ振舞ひたりける。

翻刻

近比無沙汰の智了房といふものありけり能書/s441l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/441

にてなむ侍ける或人古今を書うつしてとてあつら
へたりけるをうけとりなからおほかたかかさりけれは
主しかねていまはたたかかすともかへし給へしと
いひけれは智了房こたへけるはすき候にし比痢
病をつかうまつりしに紙おほくいり候しに術尽
候てさりとてはとてその古今の料紙をみな用
之候也といひけれはぬしいふはかりなくおほえて
料紙こそさやうにもし給たらめ本は候らむそれ
を返し給らんといへは智了房其事に候其本
をも紙みそうつに皆つかうまつりて候をは
いかかし候へきといへりけりともかくもいふ事なくて/s442r
やとにけり無沙汰の名をつきけれとも以外に
沙汰ききてそふるまひたりける/s442l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/442

1)
古今和歌集
2)
「やみにけり」は底本「やとにけり」。諸本により訂正。
text/chomonju/s_chomonju555.txt · 最終更新: 2020/10/22 18:41 by Satoshi Nakagawa