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text:chomonju:s_chomonju423 [2020/06/08 23:08] – 作成 Satoshi Nakagawatext:chomonju:s_chomonju423 [2020/06/08 23:08] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa
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 ===== 校訂本文 ===== ===== 校訂本文 =====
  
-花山院の右の大臣(おとど)(忠経公)((藤原忠経))の時、侍ども七半といふことを好みて、ありとしある者ども、夜昼((「夜昼」は底本「よりひる」。諸本により訂正。))おびたたしく打ちけり。大臣、制し給へども用ゐず。 +花山院の右の大臣(おとど)(忠経公)((藤原忠経))の時、侍ども七半といふことを好みて、ありとしある者ども、夜昼((「夜昼」は底本「よりひる」。諸本により訂正。))おびたたしく打ちけり。大臣、制し給へども用ゐず。その中に、いと貧しき恪勤者(かくごんしや)一人あり。持ちたる物なければ、その人数に漏れて打たざりけり。大納言定能卿((藤原定能))の家の雑仕(ざふし)を妻にて、夜々は仁和寺へ通ひけり。
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-その中に、いと貧しき恪勤者(かくごんしや)一人あり。持ちたる物なければ、その人数に漏れて打たざりけり。大納言定能卿((藤原定能))の家の雑仕(ざふし)を妻にて、夜々は仁和寺へ通ひけり。+
  
 ある夜、このぬし、妻と合宿したりけるが、大息うちつきて、寝も入らずして、夜もすがら物を思ひたる気色なり。妻、怪しみて、その心を問ひけれども、「何事もなきぞ。ただ身のほどの今さら思ひ知られて、寝も入らぬぞ」とばかり言ひけれど、「いかにも、ただごとにあらず」と思ひて、しひて問ひければ、その時、男の言ふやう、「げには何事もなし。今さら身のほどの憂きと言ふは、このほど花山院殿の殿ばら、若きも老いたるも七半を打ちて、毎日にことして、心をゆかし遊びあひたるに、われ、その中にありながら、一文半銭だにも持たねば、その人数に連なることなし。おほかたそのゆくへ知らぬ身なれば、このことの好(この)もしう打ちたきにては、さらになし。ただ、これほどにもてなし興じあへるに、身の力なくて、そこばく多かる殿ばらの中に、われ一人よそなるが、思ひつづくれば、『これならぬ、まして大事にもさぞかし』と思ふに、今さだ身のほどうたてくて、『かくては、何しに人にまじるらん』と思ふなり」とうちくどき言へば、妻うち泣きて、「のたまはすること、もつともそのいはれあり。まことに((「まことに」は底本「まことて」。諸本により訂正。))さることなり。人にまじはる習ひは、良きことにも、悪しきことにも、そのことに漏るるは口惜しきなり。明けん夜を待ち給へ。わらは、かまへて奔走せん」と言へば、「同じ心に思ひけるこそ。女の習ひは、何事をば言はず、博打(ばくち)することをば腹立つことなるに、ありがたくものたまふものかな。さりながらも、心にくきことなし。何として励まんとて、かくはのたまふぞ」と言へば、妻、「何しにそのことをば言ふぞ。今明けんを待て」と言ふ。 ある夜、このぬし、妻と合宿したりけるが、大息うちつきて、寝も入らずして、夜もすがら物を思ひたる気色なり。妻、怪しみて、その心を問ひけれども、「何事もなきぞ。ただ身のほどの今さら思ひ知られて、寝も入らぬぞ」とばかり言ひけれど、「いかにも、ただごとにあらず」と思ひて、しひて問ひければ、その時、男の言ふやう、「げには何事もなし。今さら身のほどの憂きと言ふは、このほど花山院殿の殿ばら、若きも老いたるも七半を打ちて、毎日にことして、心をゆかし遊びあひたるに、われ、その中にありながら、一文半銭だにも持たねば、その人数に連なることなし。おほかたそのゆくへ知らぬ身なれば、このことの好(この)もしう打ちたきにては、さらになし。ただ、これほどにもてなし興じあへるに、身の力なくて、そこばく多かる殿ばらの中に、われ一人よそなるが、思ひつづくれば、『これならぬ、まして大事にもさぞかし』と思ふに、今さだ身のほどうたてくて、『かくては、何しに人にまじるらん』と思ふなり」とうちくどき言へば、妻うち泣きて、「のたまはすること、もつともそのいはれあり。まことに((「まことに」は底本「まことて」。諸本により訂正。))さることなり。人にまじはる習ひは、良きことにも、悪しきことにも、そのことに漏るるは口惜しきなり。明けん夜を待ち給へ。わらは、かまへて奔走せん」と言へば、「同じ心に思ひけるこそ。女の習ひは、何事をば言はず、博打(ばくち)することをば腹立つことなるに、ありがたくものたまふものかな。さりながらも、心にくきことなし。何として励まんとて、かくはのたまふぞ」と言へば、妻、「何しにそのことをば言ふぞ。今明けんを待て」と言ふ。
text/chomonju/s_chomonju423.1591625312.txt.gz · 最終更新: 2020/06/08 23:08 by Satoshi Nakagawa