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text:chomonju:s_chomonju173

古今著聞集 和歌第六

173 中ごろなまめきたる女房ありけり・・・

校訂本文

中ごろ、なまめきたる女房ありけり。世の中絶え絶えしかりけるが、見目(みめ)・形、愛敬(あひぎやう)づきたりける娘をなん持たりける。十七・八ばかりなりければ、「これをいかにもして、めやすきさまならせむ」と思ひける。

かなしさのあまりに、八幡1)へ娘ともに泣く泣く参りて、夜もすがら御前にて、「わが身は今はいかにても候ひなん。この娘を心やすきさまにて見せさせ給へ」と、数珠(ずず)をすりて、うち泣きうち泣き申しけるに、この娘2)参りつくより、母の膝を枕にして、起きも上がらず寝たりければ、暁方になりて、母申すやう、「いかばかり思ひ立ちて、かなはぬ心に徒歩(かち)より参りつるに、かやうに夜もすがら、神もあはれと思し召すばかり申し給ふべきに、思ふことなげに寝給へる、うたてさよ」と口説きければ、娘おどろきて、「かなはぬ心地に苦しくて」と言ひて、

  身の憂さをなかなか何と石清水(いはしみづ)思ふ心は汲みて知るらむ

と詠みたりければ、母も恥づかしくなりて、ものも言はずして下向するほどに、七条朱雀の辺(へん)にて、世の中にときめき給ふ雲客(うんかく)、桂より遊びて帰り給ふが、この娘を取りて、車に乗せて、やがて北方(きたのかた)にして、始終いみじかりけり。

大菩薩、この歌を納受ありけるにや。

翻刻

中比なまめきたる女房ありけり世中たえたえしかりけるか
みめかたちあひきやうつきたりけるむすめをなんも
たりける十七八はかりなりけれはこれをいかにもしてめや
すきさまならせむと思けるかなしさのあまりに八幡へむす
めともになくなくまいりて夜もすから御前にて我身は今はい
かにても候なん此むすめを心やすきさまにてみせさせ給
へとすすをすりてうちなきうちなき申けるに此女(むすめ)まいりつく/s128r
より母のひさを枕にしておきもあからすねたりけれは暁
かたに成て母申やういかはかり思たちてかなはぬ心に
かちよりまいりつるにかやうに夜もすから神もあはれとおほ
しめすはかり申たまふへきに思ふことなけにねたまへる
うたてさよとくときけれはむすめおとろきてかなはぬ
心ちにくるしくてといひて
 身のうさを中々なにと石清水おもふ心はくみてしるらむ
とよみたりけれは母もはつかしくなりてものもいはすして
下向する程に七条朱雀のへんにて世中にときめきた
まふ雲客かつらよりあそひて帰たまふか此むすめをと
りて車にのせてやかて北方にして始終いみしかり/s128l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/128

けり大菩薩この哥を納受ありけるにや/s129r

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/129

1)
石清水八幡宮
2)
「娘」は底本「女」に「むすめ」と読み仮名。
text/chomonju/s_chomonju173.txt · 最終更新: 2020/03/03 21:47 by Satoshi Nakagawa